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全国14771位約395人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
千代森(ちよもり)・知覧(ちらみ・ちらん)は、薩摩国(鹿児島県)川邊郡知覧院から起こった。【1】平姓 ― 『建久図田帳』に「知覧院四十町(島津御庄同寄郡)、府領社九町七段(正八幡宮論)下同忠百、公領三十町三段、郡司忠善(答)」と見える郡司の後であり、建久八年の内裡大番人交名に「知覧郡司」を載せ、また『知覧中宮神社』元亨四年文書に「知覧院鎭守、開門中宮大明神御神領、云4.平忠世」とある。早くから平姓を称し、恐らく伊佐平氏の族である。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
千代森チヨモリ知覧チラミチラン薩摩國川邊郡知覽院より起る。1平姓建久圖田帳に「知覧院四十町(島津御庄同寄郡)、府領社九町七段(正八幡宮論)下同忠百、公領三十町三段、郡司忠善(答)」と見ゆる郡司の後にして、建久八年の内裡大番人交名に「知覽郡司」を載せ、また知覽中宮神社元亨四年文書に「知覽院鎭守、開門中宮大明神御神領、云4.平忠世」とあり。早く平姓を稱す、蓋し伊佐平氏の族たる也。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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