この名字はまだ図鑑に載っていません
全国18467位約271人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「勝藤」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
目結
絞り染めの結び目を四つ、角を合わせて並べた図案。
『姓氏家系大辞典』第2巻 204コマに「紋四目結」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
勝藤(かつふじ)・勝部(かつべ・かちべ)は、『和名抄』の上総国(千葉県)周淮郡に勝部○、越前国(福井県)今立郡に勝戸○があり、後者は高山寺本に「以曾倍」と注している。また因幡国(鳥取県)気多郡に勝部○、伯耆国(鳥取県)久米郡に勝部○がある。なおスダリベの項を見てほしい。【1】勝部 ― 帰化人で組織された品部であり、スゲリの項を見てほしい。【2】摂津(大阪府・兵庫県)の勝部氏 ― 摂津国豊島郡の勝部城(勝部村)は勝部氏の居城であると言われている。この勝部氏は古代の勝部の後裔であるのか、あるいは佐々木氏であるという説もある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
勝藤カツフヂ勝部カツベカチベ和名抄上總國周淮郡に勝部〓、越前國今立郡に勝戸〓あり、後者高山寺本に以曾倍と註す。又因幡國氣多郡に勝部〓、伯耆國久米郡に勝部〓あり。なほスダリベ條を見よ1勝部歸化人を以つて組織されたる品部なり、スゲリ條を見よ。2攝津の勝部氏攝津國豐島郡の勝部城(勝部村)は勝部氏の居城也と。此の勝部氏は古代勝部の後裔か。或は云ふ佐々木氏也と。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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