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全国11734位約574人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
勝海(かつみ)・香積(かつみ)は上代の氏で、中臣氏の族である。香積は地名であり、勝見などと通じるかもしれない。香積連は河内の氏で、『二所太神宮例文』第九、大宮司次第の初めに「香積(中臣連須気は河内館織郡人也。孝徳天皇御代任、在任四十年」と見える。すなわち大宮司最初の人である。この人は河内より出でたるものと考える要があるであろう。中臣香積連は『皇太神宮儀式帳』に「難波朝廷(孝徳)御時に初太神宮司所称、神序司、中臣香積連須気・仕え奉りき」と見える。
勝海カツミ香積カツミ上代氏にして中臣氏の族なリ。香積は地名にて勝見等と通ずるか。1香積連河內の氏にして、二所太神宮例文第九、大宮司次第の初めに「香積(中臣連須氣は河内舘織郡人也。孝德天皇御代任、在任四十年、」と見ゆ。卽ち大宮司最初の人なり。この人·河内より出でたる考ふる要あらん。2中臣香積連皇太神宮儀式帳に「難波朝廷(孝德)御時に初太神宮司所稱、神序司、中臣香積連須氣·仕奉りき。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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