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全国15822位約351人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
利波(となみ)は北陸屈指の大族であり、前の項礪波郡より起こった。【1】利波臣 ― 吉備氏の族であり、越中国(富山県)礪波郡の名を負った大豪族である。敦賀国造と同族であり、吉備武彦の北陸経営と関係があるだろう。「キビ」および「ツヌガ」の項を見てほしい。『古事記』には、孝霊段に「日子刺肩別命は、高志の利波臣云々の祖である」と見えるに発する。氏人は天平十九年九月の紀に「越中国の人先位礪波臣志留志が米三千碩を、盧舎那仏智識に牽り、外従五位下を授けられる」と。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
利波トナミ北陸屈指の大族にして、前條礪波郡より起る1利波臣吉備氏の族にして、越中國礪波郡名を負ひたる大豪族也。敦賀國造と同族にして、吉備武彥の北陸經營と關係あらん。キビ、及びツヌガ條を見よ。古事記には、孝靈段に「日子刺肩別命は、高志の利波臣云々の祖也」と見ゆるに發す。氏人は天平十九年九月紀に「越中國人先位礪波臣志留志·米三千碩を、盧舍那佛智識に牽り、外從五位下を授けらる」と。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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