この名字はまだ図鑑に載っていません
全国13652位約451人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
六浦(むつうら、むつら)は武蔵国(東京都・埼玉県)久良岐郡六浦庄から起きた。称名寺文書の内、文永十年四月二日の状に「六浦庄世戸堤内入海殺生事」云々と、正慶元年二月十六日武蔵守貞時文書に「武蔵国六浦庄富田○」云々と、正平二十六年二月二十七日及び応永三十一年、同三十二年などの文書に「六浦庄内釜里谷」と見え、東鑑に六浦三郎、同平蔵、同六郎、同七郎などを載せており、六浦の名族であったのだろう。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
六浦ムツウラムツラ武藏國久良岐郡六浦庄より起る。稱名寺文書の內、文永十年四月二日の狀に「六浦庄世戶堤内入海殺生事云々」、正慶元年二月十六日武蔵守貞時文書に「武藏國六浦庄富田〓云々」、正平二十六年二月二十七日、及び應水三十一年同三十二年等の文書に「六浦庄内釜里谷」と見え、東鑑に六浦三郞、同平蔵、同六郞、同七郞などを載せたり、六浦の名族たりしならん。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
「六浦」の家系図は、まだ1つも公開されていません。あなたが最初のひとりになれます。ログインなしで、そのまま作り始められます。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →