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全国12526位約518人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
公門(くもん)は、恐らく「公文」と同一ではないか。遠江の公門氏について、長上郡橋羽村の「公門屋(くもはる)」の項を見てほしい。『日向記』に「公文五郎兵衛」と「公文職」が見え、永○天正の頃、「公門又左衛門」や「磐田郡奥の公門又兵衛」などが見える。山の五村では村ごとに長が一人いて「公門」という(『続風土記』)。【2】伊勢の公門氏 ― 戦国の頃、「公門六郎左衛門」がいて、北畠氏に属する。
公門クモン恐らく公文と同一ならん。遠江の公門氏長上郡橋羽村に公門屋クモハル條を見よ。日向記に公文五郞兵衞公文職敷ありて、永難天正の頃、公門又左衞門、又磐田郡奥公門又兵衞等のものに見ゆ。山の五村にては、村毎に長一人ありて公門と云ふ。(續風土記。2伊勢の公門氏戰國の頃、公門六郞左衞門あり、北畠氏に屬す。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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