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全国15939位約347人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
八太(はた、はった、やつだ、やた)は『和名抄』では伊勢国(三重県)豪志郡に八太榔を収め、鉢多と注記している。『神名式』に波多神社(波多邑)がある。また『神風抄』に八太御厨、八太即円が見える。次に但馬国(兵庫県)二方郡に八太郡があり波多と読む。後世八太二方庄が起こった。また摂津国(大阪府・兵庫県)有馬郡に八多庄がある。京師極津長福寺の鐘識に有馬郡八多庄と載せられ、残篇風土記には掃多庄に作られている。八太造は海神族で、『姓氏録』の右京諸蕃に収められ『八太造』と
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
八太ハタハツタヤツダヤタ和名抄、伊勢國豪志郡に八太榔を收め、鉢多と註し、神名式に波多神社(波多邑)、又神風抄に八太御厨、八太卽圓·見ゆ。次に但馬國二方郡に八太郡ありて波多と訓ず、後世八太二方庄起る。又攝津國有馬郡に八多莊あり、京師極津長福寺鐘識に有馬郡八多莊と載せ、殘篇風土記には掃多莊に作る。そ1個.前後各條參照。1八太造海神族にして、姓氏錄、右京諸蕃に收め、「八太造。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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