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全国13236位約474人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
八丁(はつちょう)・発度(はつど)は『和名抄』において武蔵国(東京都・埼玉県)足立郡に発度○が収められており、高山寺本には無い。『新編風土記』に「現在の風渡野である可能性があり、あるいは『そうではなく、埼玉郡発戸村であるべきだ』という説もあるが、この地は郡の境界から三里余、上野国(群馬県)の境界にあるので、このように異なる理由が無いのではないか」と述べられている。初戸(はつど)は『応仁略記』巻下に「伊勢国(三重県)の住人で、長年にわたって長野諸代の初戸の新左衛門と名乗り、たけく打ち物を持ちながら、戦を開いて大将に切りかかる」と見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
八丁ハツチヨウ發度ハツト和名抄、武藏國足立郡に發度〓を收む、高山寺本にはなし。新編風土記に「今の風渡野椰ならんと。或は云ふ、左にはあらず、埼玉郡發戶村なるべしと、されど此の地は郡境を距ること三里餘、上野國の界ひにあれば、かくの如く相去の理あるまじきにや」と初戶ハツド應仁略記卷下に「伊勢國の住人、年來長野諸代初戶の新左衛門と名乘つて、艶くも打物を持つて、開いて大將に切つて懸る」と見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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