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全国15822位約351人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
入道(いつしき)信傳 ― 石橋和義に代わって若狭守護となり、元中八年、子左京大夫詮範が山名氏○を伐ち功があり、丹後(京都府)を加賜し、孫義貫に伝わった。『若狭守護代次第』に「一色修理大夫入道信傳、貞治五年八月より之を給う。一色左京大夫詮範(法名信将、信傳の子)。一色修理大夫満範(廳永八年四月御出家、法名道範、論範の子)。一色五郎義範は道範の子、時に十歳)」と見え、今富名領主代々次第も同様である。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
入道イツシキ信傳)石橋和義に代りて若狭守護となリ、元中八年、子左京大夫詮範山名氏〓を伐て功あり、丹後を加賜し、孫義貫に傳ふ。若狹守護代次第に「一色修理大夫入道信傳、貞治五年八月より之を給ふ。一色左京大夫詮範(法名信將、信傳の子)。一色修理大夫滿範(廳永八年四月御出家、法名道範、論範の子)。一色五郞義範道範の子、時十歲)と見え、今富名領主代々次第も同樣なり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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