この名字はまだ図鑑に載っていません
全国16383位約331人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
倉賀野(くらがの)は有道姓児玉○から上野国(群馬県)群馬郡倉賀野から起こった。秩父氏の一族であり、武蔵七党系図に「秩父平四郎行高の子高俊倉賀野三郎」と見える。その後「秀行-行澄(太五)行泰頼行平太左光行三左俊行二政行報国三」と記されている。氏人は東鑑巻十、十五に倉賀野三郎、三十二に倉賀野兵衛尉、下って鎌倉大草紙に「児玉党倉賀野」また「倉賀野左衛門尉、同新五郎」などが見える。この倉賀野氏は上州八家四郡の一で、倉賀野城に拠っている。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
倉賀野クラガノ1有道姓兒玉〓上野國群馬郡倉賀野よリ起りしか。秩父氏の族にして、武藏七黨系圖に「秩父平四郞行高の子高俊倉賀野三郞)」と見ゆ。其の後は「秀行-行澄(太五)行泰賴行平太左光行三左俊行ニ政行報國三と載せ、氏人は東鑑卷十、十五に倉賀野三郞、三十二に倉賀野兵衞尉、下りて鎌倉大草紙に「兒玉黨倉賀野、」また「倉買野左衞門尉、同新五郞」等見ゆ、此の倉賀野氏は、上州八家四郡の一にして、倉賀野城に據る。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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