この名字の読みはまだ確かめられていません(誤った読みを出さないため、推測では載せていません)。
この名字はまだ図鑑に載っていません
全国23476位約175人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「佐々布」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
目結
絞り染めの結び目を四つ、角を合わせて並べた図案。
『姓氏家系大辞典』第3巻 163コマに「家紋四目結、抱裏荷」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
佐々布(ささり・ささのふ)は、近江(滋賀県)・越前(福井県)・出雲(島根県)などに此の地名が存在する。また笹生と通じている。また佐々という字があり、ササウの項を見てほしい。【1】佐々木氏流 ― 出雲の豪族で、同国意字郡佐々布邑から起こったのだろう。『家傳』に「尼子勝久の支族で、神門郡佐々布城に住み、佐々布を家号とした」と述べている。家紋は四目結・抱裏荷。『寛政系譜』には五郎左衛門利元から系がある。【2】『東鑑』巻21に「さゝのふの六野太」が見える。また佐々宇氏は同書および『太平記』に見える。ササウの項を見てほしい。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
佐々布ササリササノフ近江、越前、出雲等に此の地名存す。又笹生と通ず。猶ほ佐々字とあり、ササウ條を見よ。1佐々木氏流出雲の豪族にして、同國意字郡佐々布邑より起りしか。家傳に「尼子勝久の支族にして、神門郡佐々布城に住し、佐々布を家號とす」と云ふ。家紋四目結、抱裏荷。寛政系譜には五郞左衞門利元より系あり。2東鑑卷二十一に「さゝのふの六野太」見ゆ、又佐々宇氏は同書、及び太平記に見ゆ、サヽウ條を見よ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
「佐々布」の家系図は、まだ1つも公開されていません。あなたが最初のひとりになれます。ログインなしで、そのまま作り始められます。
存命の方の氏名・生年月日は自動的に伏せられています。ご自身やご家族の掲載を望まない場合は、申請フォームからお知らせください。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →