この名字はまだ図鑑に載っていません
全国17283位約303人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「井河」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
釘抜
釘を抜くときに当てる座金を象った、角形の図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 140コマに「紋釘貫と見ゆ」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
井河(いかわ・いのかわ)は次の二流がある。【1】常陸(茨城県)の井河氏 ― 『新編國志』に「鹿島郡江川村から出た。もともと烟田氏の家人だった。烟田氏の文書の永徳二年四月の着到に『鹿島烟田刑部太輔重幹の代わりに井河五郎兵衛尉信吉が軍中の治を申し立てた、云々』とある」と載せ、また『鹿島治亂記』に「義幹は歌道に優れており、栄雅自筆の『古今集』をもらい忘れたと言われたが、その場で近臣井河源六○の紹介から取り出し、すなわちこれを献上した。若い身ではあったが、優雅な振る舞いとして諸人がこれを称美した」とある。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
井河ヰカハヰノカハ次の二流あり。1常陸の井河氏新編國志に「鹿島郡江川村より出づ、もと烟田氏の家人なり。烟田氏文書永德二年四月の着到に『鹿島烟田刑部太輔重幹代井河五郞兵衛尉信吉申軍中治、云々』とあり」と載せ、又鹿島治亂記に「義幹歌道の數奇あり、榮雅自筆の古今集取忘れたりと、言下に近臣井河源六鐙の引合より取出、卽ち之を獻ず。若輩の身なれど、覺敷振舞と諸人是を稱美す」とあり。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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