この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11443位約598人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
……と載せたが他に証拠がない。【22】駿河の川原氏 ― 『万葉集』巻20に当国の川原虫麻呂という人が見える。【23】播磨の川原氏 ― 『播磨風土記』揖保郡少宅里の項に「後に改めて小宅と言うのは、川原若狭の祖父・少宅秦公の娘を娶り、即ちその家を小宅と号すからである」と見える。元々漢部の里であり、おそらくこの川原氏は河内川原氏の一族だろう。(見出しが判読不能)
五エロワ武州豆州の内、河原小太郞盛頼、三千町、武州豆州の內、河原次郞盛重」と載せたれど他に徴證あるなし。22駿河の川原氏萬葉集廿に當國川原虫麻呂と云ふ人見ゆ。23播磨の川原氏播磨風土記、揖保郡少宅里の條に「後に改めて小宅と云ふは、川原若狹の祖父·少宅秦公の女を娶り、卽ち其の家を少宅と號くが故なり」と見ゆつもと漢部の里なり、蓋し此の川原氏は河内川原氏の族ならん。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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