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全国11064位約630人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
二方(ふたかた)は但馬国に二方郡があり、和名抄に布太加太と記されている。郡内に二方○を収め、布多加多と訓ずる。二方国造は出雲臣の族であり、国造本紀に「二方国造。志賀高穴穂(成務)朝のいかに、出雲国造と同祖、遷狛一奴命の孫美尼布命を国造に定め賜う」と見える。思うに二方国とは、後の但馬国二方郡九○の地であろう。七美郡もその域内と言う人があるが、それは美含郡の分地であって、この国は但馬四北の一小地域に過ぎなかったのだろう。
二方フタカタ但馬國に二方郡あり、和名抄に布太加太と註し、郡内に二方〓を收め、布多加多と訓ず。1二方國造出雲臣の族にして、國造本紀に「二方國造。志賀高穴穗(成務)朝の如何、出雲國造と同祖、遷狛一奴命の孫美尼布命を國造に定め賜ふ」と見ゆ。思ふに二方國とは、後の但馬國二方郡九〓の地なるべし。七美郡も其の域内と云ふ人あるも、そは美含郡の分地にして、此の國は但馬四北の一小地域に過ぎざりしが如し。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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