この名字はまだ図鑑に載っていません
全国11859位約566人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「中祖」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
巴
弓を射るとき腕に着ける鞆(とも)を象り、三つを渦に組んだ図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 421コマに「家紋左三巴、瓜の內唐花」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
中祖(すぎの)は、禁延様のお側で務めをしていた。禁延と本願寺が相談があり、二字(苗字)・帯刀・袴上下・乗物一切・立物一切・若党・供人勝手次第・先箱・はぐま・島毛・館などを許された。国主水野公がお国回りの時、自分の屋敷の上は通さないと言って、道を屋敷の門の下に付け替えたことから、字門の下という地名がある。そして本願寺光円の書を蔵しており、その書に『美作殿御家督之由、目出度候。先以使札申入候間、其許可然様頼申候。』とある。
中祖スギノと言ふ者、禁延樣の御側ば勤めをなし居り、禁延と本願寺と相談ありて、二字、帶刀、袴上下、乘物一切、立物一切、若黨、供人勝手次第、先箱、はぐま、島毛、舘等を許さる。國主水野公お國廻りの時、自分の屋敷の上は通さぬとて、道を屋敷の門の下に付けかえしより字門の下と言ふ地名あり、」と。而して本願寺光圓の書を藏す、其書に「美作殿御家督之由、目出度候。先以使札申入候間、其許可然樣賴申候。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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