この名字はまだ図鑑に載っていません
全国16631位約323人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
三奈木(みなき)は、筑前国(福岡県)の豪族で、下座郡三奈木庄から起きた。東鑑巻七の文治三年四月二十三日条に三奈木三郎守直(川本では次郎に作る)を載せ、「これらが、おの○○、鎌倉より地頭になり候いて、所々に治めをおきて候」と、周防国(山口県)に所領を得たのである。久米、筑前等の条参照。また巻20にも見える。その後、九州軍記に三奈木弥平、また美奈宜社の永禄七年の棟札に「美奈宜右馬助雅安」が見える。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
三奈木ミナキ筑前國の豪族にして、下座郡三奈木庄より起る。東艦、卷七、文治三年四月二十三日條に三奈木三郞守直(4)川本には次郞に作る)を載せ、「これらが、おの〓〓、かまくらより地頭になり候て、所々におさめをきて候」と、周防國に所領を得し也、久米、筑前等の條參照。又卷廿にも見ゆ。その後、九州軍記に三奈木彌平、又美奈宜社永祿七年の棟札に「美奈宜右馬助雅安」見ゆ。
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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