この名字はまだ図鑑に載っていません
全国18152位約279人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
『姓氏家系大辞典』の「一」の項に出てくる家紋です。家紋は家ごとのもので、名字が同じでも同じとはかぎりません。ご自分の家の家紋は、お墓・仏壇・紋付の礼服や、ご本家・ご親族への確認でたどれます(戸籍には記載がありません)。
桐
桐の葉三枚の上に、花の穂を立てた図案。
『姓氏家系大辞典』第1巻 211コマに「家紋桐基とあり」とあります。 原典で見る →
図は基本の形で描いたものです。原典の本文は機械で読み取った文字なので、誤字が混じることがあります。正確なところは原典のページでお確かめください。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
一色(いっしき)の名は荘園制度から来たものであるから、その地名は甚だ多く、従ってその地名を負った一色氏も数流あることを知らねばならない。足利流は三河国(愛知県)幡豆郡一色から起こった。足利氏の一族であり室町時代四職の一である。尊卑分脈に『足利泰氏-公深(一色阿閣梨、宮内痢律師、母櫻井判官代女一色は吉良西条の内である)賴行右馬あ一色大学-行義一色三郞-直筆○○○○○○○○○範氏-直氏-氏○○直宮内少輔少甫二郎京東大』。
本文の地名のうしろの小さな( )は、その旧国名がいまのどのあたりかを示したものです(訳に添えたもので、原文にはありません)。
一イツシキ一色の名は莊園制度より來りしものなれば、その地名甚だ多く、従つて其の地名を負ひし一色氏も數流あるを知らざるべからず。1足利流三河國幡豆郡一色よリ起る。足利氏の一族にして室町時代四職の一なリ。尊卑分脈に「足利泰氏-公深(一色阿閣梨、宮內痢律師、母櫻井判官代女一色は吉良西條の內也)賴行右馬あ一色大學-行義一色三郞-直筆入膠建式式者所長兼左京発宮内の間範氏-直氏-氏袋滿直宮內少輔少甫二郎京東大
原文は文語体のため、現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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