高松宮好仁親王
たかまつのみやよしひと しんのう
1603年〜1638年
初代高松宮
高松宮好仁親王(たかまつのみや よしひとしんのう、慶長8年3月18日(1603年4月29日) - 寛永15年6月3日(1638年7月14日))は、江戸時代前期の日本の皇族。
基本情報
- 生年
- 1603年
- 没年
- 1638年
- 時代
- 江戸時代
- 名字
- 高松宮好仁
- 肩書
- 初代高松宮
- 出典
- 後陽成天皇の家系図
この人について
高松宮好仁親王(たかまつのみや よしひとしんのう、慶長8年3月18日(1603年4月29日) - 寛永15年6月3日(1638年7月14日))は、江戸時代前期の日本の皇族。世襲親王家の高松宮(有栖川宮)初代当主。後陽成天皇の第7皇子。母は関白近衛前久女近衛前子(中和門院)。幼称を七宮(しちのみや)といい、後に三宮(さんのみや)に改める。書号に招月、不白がある。
慶長10年(1605年)に聖護院門主興意入道親王の附弟となり、慶長17年(1612年)に聖護院に入寺。同年12月に親王宣下を蒙り斉祐(ただすけ)と命名される。次いで元服し、名を好仁と改める。同日二品に叙品、弾正尹に任じられる。
この略歴はウィキペディア日本語版「高松宮好仁親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
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家族
兄弟姉妹
年表:高松宮好仁親王と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 1603年誕生
- 1638年死去
日本の出来事
- 1603年徳川家康が将軍となり江戸幕府を開く
- 1605年徳川秀忠が二代将軍になる
- 1612年幕府が直轄地に禁教令を出す
- 1614年大坂冬の陣が起こる
- 1615年大坂夏の陣。豊臣氏が滅びる
- 1615年武家諸法度が定められる
- 1623年徳川家光が三代将軍になる
- 1635年参勤交代が制度として定まる
- 1637年島原・天草一揆が起こる
年表を一覧で読む
| 1603年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 1603年 | 日本の出来事:徳川家康が将軍となり江戸幕府を開く |
| 1605年 | 日本の出来事:徳川秀忠が二代将軍になる |
| 1612年 | 日本の出来事:幕府が直轄地に禁教令を出す |
| 1614年 | 日本の出来事:大坂冬の陣が起こる |
| 1615年 | 日本の出来事:大坂夏の陣。豊臣氏が滅びる |
| 1615年 | 日本の出来事:武家諸法度が定められる |
| 1623年 | 日本の出来事:徳川家光が三代将軍になる |
| 1635年 | 日本の出来事:参勤交代が制度として定まる |
| 1637年 | 日本の出来事:島原・天草一揆が起こる |
| 1638年 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、高松宮好仁親王の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、高松宮好仁親王がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
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