行悟

ぎょうご

1377年〜1406年

室町時代生まれ行悟

南朝の皇族・天台宗僧

行悟(ぎょうご、天授3年/永和3年(1377年) - 応永13年2月12日(1406年3月2日))は、南北朝時代から室町時代にかけての南朝の皇族・天台宗僧。

基本情報

生年
1377年
没年
1406年3月2日 同じ日の人物 →
時代
室町時代
名字
行悟
肩書
南朝の皇族・天台宗僧
出典
長慶天皇の家系図

この人について

行悟(ぎょうご、天授3年/永和3年(1377年) - 応永13年2月12日(1406年3月2日))は、南北朝時代から室町時代にかけての南朝の皇族・天台宗僧。長慶天皇の皇子で、母は藤原氏(西園寺公重の娘)。南朝系図や『華頂要略』が後亀山天皇の皇子とするのは誤り。権僧正・円満院門跡。後円満院(宮)と号する。

南北朝合一後、明徳3年(1392年)12月に16歳で円満院に入室し、定助僧正を戒師として落飾する。応永5年(1398年)3月権僧正・一身阿闍梨に補任され、4月千光眼寺にて房淳権僧正から伝法灌頂を受けた。後に園城寺長吏・四天王寺別当などを務めたとされるが、同13年(1406年)2月12日戌刻に入寂した。享年30。

この略歴はウィキペディア日本語版「行悟」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

行悟を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

海門承朝尊聖行悟世泰親王某玉川宮西園寺公重の娘長慶天皇某氏教子
海門承朝
南朝の皇族・禅僧
1374年〜1443年6月6日
尊聖
南朝の皇族・僧
1376年〜1432年
行悟
南朝の皇族・天台宗僧
1377年〜1406年3月2日
世泰親王
第一皇子か
南朝の皇族
某玉川宮
玉川宮家
西園寺公重の娘
中宮
長慶天皇
第一皇子
南朝第3代天皇
1343年〜1394年8月27日
某氏教子
女御
100%

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家族

年表:行悟と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
室町時代
1370
1375
1380
1385
1390
1395
1400
1405
1410
1415

本人

  1. 1377年誕生
  2. 1406年3月死去

日本の出来事

  1. 1392年南朝と北朝が一つに戻る
  2. 1397年足利義満が金閣を建てる
  3. 1400年世阿弥が風姿花伝を書き始める
  4. 1404年明との勘合貿易が始まる
年表を一覧で読む
行悟と日本の出来事(年の順)
1377年本人:誕生
1392年日本の出来事:南朝と北朝が一つに戻る
1397年日本の出来事:足利義満が金閣を建てる
1400年日本の出来事:世阿弥が風姿花伝を書き始める
1404年日本の出来事:明との勘合貿易が始まる
1406年3月本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、行悟の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、行悟がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。

載っている家系図

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