基本情報
- 生年
- 723年
- 没年
- 776年
- 時代
- 古代
- 名字
- 藤原
- 肩書
- 貴族
- 出典
- 藤原真楯の家系図、藤原房前の家系図
この人について
藤原 楓麻呂(ふじわら の かえでまろ)は、奈良時代の公卿。名は楓麿または楓万呂とも表記される。藤原北家の祖である参議・藤原房前の七男。官位は従三位・参議。
この略歴はウィキペディア日本語版「藤原楓麻呂」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
藤原楓麻呂を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
藤原鳥養
長男
公卿
藤原永手
二男
貴族
714年〜771年
藤原真楯
三男
奈良時代の公卿
715年〜766年
藤原清河
四男
奈良時代の公卿・遣唐大使
〜779年
藤原魚名
五男
奈良時代の公卿、左大臣
721年〜783年
藤原御楯
六男
貴族
〜764年
藤原楓麻呂
七男
貴族
723年〜776年
藤原豊成室
不詳
北殿
女子
聖武天皇夫人
〜760年
藤原宇比良古
奈良時代の女官
〜762年
粟凡若子
従五位下
片野朝臣の娘
貴族の娘
牟漏女王
皇族
〜746年2月21日
藤原房前
次男
奈良時代前期の貴族・公卿
681年〜737年
片野朝臣
不詳
春日倉老の娘
不詳
阿波采女
采女
100%
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家族
年表:藤原楓麻呂と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
本人(藤原楓麻呂)
日本の出来事
古代
725
730
735
740
745
750
755
760
765
770
775
本人
- 723年誕生
- 776年死去
日本の出来事
- 723年三世一身法が出される
- 741年国分寺を建てる詔が出される
- 743年墾田永年私財法が出される
- 752年東大寺の大仏が開眼する
- 754年鑑真が唐から渡ってくる
- 759年万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる
- 764年恵美押勝の乱が起こる
年表を一覧で読む
| 723年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 723年 | 日本の出来事:三世一身法が出される |
| 741年 | 日本の出来事:国分寺を建てる詔が出される |
| 743年 | 日本の出来事:墾田永年私財法が出される |
| 752年 | 日本の出来事:東大寺の大仏が開眼する |
| 754年 | 日本の出来事:鑑真が唐から渡ってくる |
| 759年 | 日本の出来事:万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる |
| 764年 | 日本の出来事:恵美押勝の乱が起こる |
| 776年 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、藤原楓麻呂の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、藤原楓麻呂がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
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