藤原宗頼

ふじわら むねより

1203年没

権中納言

藤原 宗頼(ふじわら の むねより、久寿元年〈1154年〉 - 建仁3年1月29日〈1203年3月14日〉)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿。

基本情報

没年
1203年
名字
藤原
肩書
権中納言
出典
藤原兼子の家系図

この人について

藤原 宗頼(ふじわら の むねより、久寿元年〈1154年〉 - 建仁3年1月29日〈1203年3月14日〉)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿。藤原北家勧修寺流支流葉室家、権大納言・藤原光頼の四男。官位は正二位・権大納言。葉室 宗頼(はむろ -)とも呼ばれる。葉室家5代。

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藤原兼子藤原宗頼
藤原兼子
公家女官
1155年〜1229年9月5日
藤原宗頼
権中納言
〜1203年
100%

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家族

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