藤原嫄子
ふじわら げんし
1016年〜1039年
中宮
藤原 嫄子(ふじわら の げんし(もとこ)、長和5年7月19日(1016年8月24日) - 長暦3年8月28日(1039年9月19日))は、平安時代中期、後朱雀天皇中宮。
基本情報
この人について
藤原 嫄子(ふじわら の げんし(もとこ)、長和5年7月19日(1016年8月24日) - 長暦3年8月28日(1039年9月19日))は、平安時代中期、後朱雀天皇中宮。関白藤原頼通の養女。実父は一品式部卿敦康親王、母は具平親王の次女。後朱雀天皇の中宮。嫄子女王とも。
この略歴はウィキペディア日本語版「藤原嫄子」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
藤原嫄子を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
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家族
父母
- 藤原頼通992年〜1074年
- 敦康親王999年〜1018年
- 具平親王の次女
兄弟姉妹
- 藤原寛子1036年〜1127年
- 嫄子女王
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年表:藤原嫄子と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 1016年8月誕生
- 1039年9月死去
日本の出来事
- 1016年藤原道長が摂政となる
- 1019年刀伊の入寇。北九州が襲われる
年表を一覧で読む
| 1016年 | 日本の出来事:藤原道長が摂政となる |
|---|---|
| 1016年8月 | 本人:誕生 |
| 1019年 | 日本の出来事:刀伊の入寇。北九州が襲われる |
| 1039年9月 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、藤原嫄子の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、藤原嫄子がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
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