藤原内麻呂

ふじわら うちまろ

756年〜812年

古代生まれ藤原

公卿・右大臣

藤原 内麻呂(ふじわら の うちまろ)は、奈良時代から平安時代初期にかけての公卿。

基本情報

生年
756年
没年
812年
時代
古代
名字
藤原
肩書
公卿・右大臣
出典
藤原良房の家系図、藤原冬嗣の家系図

この人について

藤原 内麻呂(ふじわら の うちまろ)は、奈良時代から平安時代初期にかけての公卿。藤原北家、大納言・藤原真楯の三男。官位は従二位・右大臣。

桓武・平城・嵯峨の三帝に仕え、いずれの天皇にも信頼され重用された。伯父である永手の系統に代わって北家の嫡流となり、傍流ゆえに大臣になれなかった父・真楯より一階級上の右大臣に至り、平城朝~嵯峨朝初期にかけては台閣の首班を務めた。また、多くの子孫にも恵まれ、後の藤原北家繁栄の礎を築いた。

この略歴はウィキペディア日本語版「藤原内麻呂」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

藤原内麻呂を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

藤原真夏藤原美都子藤原冬嗣百済永継藤原内麻呂藤原真楯阿倍帯麻呂の娘
藤原真夏
長男
公卿
774年〜830年
藤原美都子
平安初期の貴族女性・女官
781年〜828年
藤原冬嗣
次男
平安初期の公卿・左大臣
775年〜826年
百済永継
貴族女性
藤原内麻呂
三男
公卿・右大臣
756年〜812年
藤原真楯
公卿
阿倍帯麻呂の娘
100%

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家族

年表:藤原内麻呂と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
古代
平安時代
755
760
765
770
775
780
785
790
795
800
805
810

本人

  1. 756年誕生
  2. 774年子・藤原真夏 誕生
  3. 775年子・藤原冬嗣 誕生
  4. 812年死去

日本の出来事

  1. 759年万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる
  2. 764年恵美押勝の乱が起こる
  3. 784年長岡京に都が移る
  4. 794年平安京に都が移る
  5. 797年坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
  6. 802年胆沢城が築かれアテルイが降る
  7. 805年最澄が天台宗を開く
  8. 806年空海が唐から帰り真言宗を開く
  9. 810年薬子の変が起こる
年表を一覧で読む
藤原内麻呂と日本の出来事(年の順)
756年本人:誕生
759年日本の出来事:万葉集に残る最も新しい歌が詠まれる
764年日本の出来事:恵美押勝の乱が起こる
774年本人:子・藤原真夏 誕生
775年本人:子・藤原冬嗣 誕生
784年日本の出来事:長岡京に都が移る
794年日本の出来事:平安京に都が移る
797年日本の出来事:坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
802年日本の出来事:胆沢城が築かれアテルイが降る
805年日本の出来事:最澄が天台宗を開く
806年日本の出来事:空海が唐から帰り真言宗を開く
810年日本の出来事:薬子の変が起こる
812年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、藤原内麻呂の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、藤原内麻呂がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

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