基本情報
- 生年
- 929年
- 没年
- 990年
- 時代
- 平安時代
- 名字
- 藤原
- 肩書
- 摂政・関白・太政大臣
- 出典
- 藤原道長の家系図
この人について
藤原 兼家(ふじわら の かねいえ、延長7年〈929年〉 - 永祚2年〈990年〉)は、平安時代中期の公卿。藤原北家九条流の祖である右大臣・藤原師輔の三男。官位は従一位・摂政関白太政大臣。東三条大入道殿と呼ばれた。一条天皇および三条天皇の外祖父。
円融天皇の外叔父であったが、長兄・伊尹没後に次兄の兼通との間で摂関を激しく争うも敗れて一時不遇を託った。花山朝では、春宮となった外孫・懐仁親王の早期の即位を狙って策謀を企て、花山天皇を退位・出家に追い込む。懐仁親王が践祚(一条天皇)すると、天皇の外祖父として念願の摂政に就任し政権を掌握した。兼家は北家嫡流(摂関家)の地位を確立し、その子孫が摂政・関白を継承している。室の1人に『蜻蛉日記』の作者藤原道綱母がいる。
この略歴はウィキペディア日本語版「藤原兼家」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
藤原兼家を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
ドラッグで移動、ホイール・ピンチやボタンで拡大縮小できます。人物をタップすると詳細が開きます。
家族
年表:藤原兼家と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 929年誕生
- 966年子・藤原道長 誕生
- 990年7月死去
日本の出来事
- 935年平将門の乱が始まる
- 939年藤原純友の乱が始まる
- 940年平将門が討たれる
- 969年安和の変で源高明が退けられる
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、藤原兼家の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、藤原兼家がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
載っている家系図
37人
この人物ページは、みなさんが公開を選んだ家系図の記録だけでできています。ご存命の方の情報は自動的に伏せていますが、掲載の取消や名前を伏せるご希望は、いつでも承ります。 掲載の取り消し・名前を伏せる申請フォームへ →
スポンサーリンク
