藤原乙叡

ふじわら おつえい

761年〜808年

古代生まれ藤原

藤原 乙叡(ふじわら の たかとし)は、奈良時代から平安時代初期にかけての公卿。

基本情報

生年
761年
没年
808年
時代
古代
名字
藤原
出典
藤原継縄の家系図

この人について

藤原 乙叡(ふじわら の たかとし)は、奈良時代から平安時代初期にかけての公卿。藤原南家、右大臣・藤原継縄の次男。官位は従三位・中納言。

この略歴はウィキペディア日本語版「藤原乙叡」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

藤原乙叡を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

藤原真葛藤原乙叡藤原継縄の娘留女之女郎藤原継縄百済王明信
藤原真葛
長男
藤原乙叡
次男
761年〜808年
藤原継縄の娘
留女之女郎
大伴旅人の娘
藤原継縄
二男
奈良時代後期から平安時代初期の公卿
727年〜796年
百済王明信
尚侍
〜815年
100%

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家族

年表:藤原乙叡と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
古代
平安時代
760
765
770
775
780
785
790
795
800
805
810

本人

  1. 761年誕生
  2. 808年死去

日本の出来事

  1. 764年恵美押勝の乱が起こる
  2. 784年長岡京に都が移る
  3. 794年平安京に都が移る
  4. 797年坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
  5. 802年胆沢城が築かれアテルイが降る
  6. 805年最澄が天台宗を開く
  7. 806年空海が唐から帰り真言宗を開く
年表を一覧で読む
藤原乙叡と日本の出来事(年の順)
761年本人:誕生
764年日本の出来事:恵美押勝の乱が起こる
784年日本の出来事:長岡京に都が移る
794年日本の出来事:平安京に都が移る
797年日本の出来事:坂上田村麻呂が征夷大将軍になる
802年日本の出来事:胆沢城が築かれアテルイが降る
805年日本の出来事:最澄が天台宗を開く
806年日本の出来事:空海が唐から帰り真言宗を開く
808年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、藤原乙叡の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、藤原乙叡がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

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