基本情報
- 生年
- 972年
- 時代
- 平安時代
- 名字
- 菅原
- 肩書
- 平安時代中期の貴族
- 出典
- 菅原孝標女の家系図
この人について
菅原 孝標(すがわら の たかすえ)は、平安時代中期の貴族。右大臣・菅原道真の玄孫で、右中弁・菅原資忠の子。官位は従四位上・常陸介。『更級日記』の著者である菅原孝標女の実父。
この略歴はウィキペディア日本語版「菅原孝標」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
菅原孝標を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
菅原孝標女
平安時代の女流日記作者
1008年〜1059年
橘仲俊
二女
菅原定義
菅原基円
藤原倫寧の娘
菅原孝標
平安時代中期の貴族
972年〜
高階成行の娘
菅原資忠
源包の娘
100%
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家族
年表:菅原孝標と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
没年不詳
本人(菅原孝標)
日本の出来事
平安時代
980
990
1000
1010
1020
1030
1040
1050
本人
- 972年誕生
- 1008年子・菅原孝標女 誕生
日本の出来事
- 1016年藤原道長が摂政となる
- 1019年刀伊の入寇。北九州が襲われる
- 1051年前九年合戦が始まる
年表を一覧で読む
| 972年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 1008年 | 本人:子・菅原孝標女 誕生 |
| 1016年 | 日本の出来事:藤原道長が摂政となる |
| 1019年 | 日本の出来事:刀伊の入寇。北九州が襲われる |
| 1051年 | 日本の出来事:前九年合戦が始まる |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、菅原孝標の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、菅原孝標がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
載っている家系図
12人
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