基本情報
この人について
紀 長谷雄(き の はせお)は、平安時代前期の公卿・文人。典薬頭・紀国守の孫。弾正大忠・紀貞範の子。官位は従三位・中納言。『竹取物語』の作者の候補者の一人であり、『長谷雄草紙』の主人公。
この略歴はウィキペディア日本語版「紀長谷雄」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
紀長谷雄を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
紀淑望
長男
儒学者・歌人
〜919年
紀淑人
次男
紀淑光
三男
869年〜939年
紀淑信
四男
紀淑行
五男
紀淑間
六男
紀淑方
七男
紀淑久
八男
紀淑江
九男
文室氏(娘)
紀長谷雄
公卿・中納言
845年〜912年3月1日
紀貞範
弾正大忠
100%
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家族
年表:紀長谷雄と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
本人(紀長谷雄)
日本の出来事
平安時代
845
850
855
860
865
870
875
880
885
890
895
900
905
910
本人
- 845年誕生
- 869年子・紀淑光 誕生
- 912年3月死去
日本の出来事
- 866年応天門の変が起こる
- 887年藤原基経が関白となる
- 894年遣唐使が取りやめになる
- 901年菅原道真が大宰府へ左遷される
年表を一覧で読む
| 845年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 866年 | 日本の出来事:応天門の変が起こる |
| 869年 | 本人:子・紀淑光 誕生 |
| 887年 | 日本の出来事:藤原基経が関白となる |
| 894年 | 日本の出来事:遣唐使が取りやめになる |
| 901年 | 日本の出来事:菅原道真が大宰府へ左遷される |
| 912年3月 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、紀長谷雄の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、紀長谷雄がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
載っている家系図
13人
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