紀長谷雄

き はせお

845年〜912年

平安時代生まれ紀

公卿・中納言

紀 長谷雄(き の はせお)は、平安時代前期の公卿・文人。

基本情報

生年
845年
没年
912年3月1日 同じ日の人物 →
時代
平安時代
名字
紀
肩書
公卿・中納言
出典
紀長谷雄の家系図

この人について

紀 長谷雄(き の はせお)は、平安時代前期の公卿・文人。典薬頭・紀国守の孫。弾正大忠・紀貞範の子。官位は従三位・中納言。『竹取物語』の作者の候補者の一人であり、『長谷雄草紙』の主人公。

この略歴はウィキペディア日本語版「紀長谷雄」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

紀長谷雄を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

紀淑望紀淑人紀淑光紀淑信紀淑行紀淑間紀淑方紀淑久紀淑江文室氏(娘)紀長谷雄紀貞範
紀淑望
長男
儒学者・歌人
〜919年
紀淑人
次男
紀淑光
三男
869年〜939年
紀淑信
四男
紀淑行
五男
紀淑間
六男
紀淑方
七男
紀淑久
八男
紀淑江
九男
文室氏(娘)
紀長谷雄
公卿・中納言
845年〜912年3月1日
紀貞範
弾正大忠
100%

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家族

年表:紀長谷雄と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
平安時代
845
850
855
860
865
870
875
880
885
890
895
900
905
910

本人

  1. 845年誕生
  2. 869年子・紀淑光 誕生
  3. 912年3月死去

日本の出来事

  1. 866年応天門の変が起こる
  2. 887年藤原基経が関白となる
  3. 894年遣唐使が取りやめになる
  4. 901年菅原道真が大宰府へ左遷される
年表を一覧で読む
紀長谷雄と日本の出来事(年の順)
845年本人:誕生
866年日本の出来事:応天門の変が起こる
869年本人:子・紀淑光 誕生
887年日本の出来事:藤原基経が関白となる
894年日本の出来事:遣唐使が取りやめになる
901年日本の出来事:菅原道真が大宰府へ左遷される
912年3月本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、紀長谷雄の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、紀長谷雄がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。

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