禎子内親王
ていしないしんのう
1013年〜1094年
後朱雀天皇皇后
禎子内親王(ていし ないしんのう、長和2年7月6日(1013年8月15日) - 寛治8年1月16日(1094年2月3日))は、第67代三条天皇の第3皇女。
基本情報
- 生年
- 1013年
- 没年
- 1094年
- 時代
- 平安時代
- 肩書
- 後朱雀天皇皇后
- 出典
- 藤原道長の家系図
この人について
禎子内親王(ていし ないしんのう、長和2年7月6日(1013年8月15日) - 寛治8年1月16日(1094年2月3日))は、第67代三条天皇の第3皇女。母は藤原妍子(中宮)。のち第69代後朱雀天皇の皇后、女院。院号は陽明門院(ようめいもんいん)。
「ていし」は仮名であって、実際の読みは「さだこ」または「よしこ」だったと推測されている(『平安時代史事典』)。
この略歴はウィキペディア日本語版「禎子内親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
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家族
年表:禎子内親王と、その時代
年表の見方
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この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 1013年誕生
- 1094年死去
日本の出来事
- 1016年藤原道長が摂政となる
- 1019年刀伊の入寇。北九州が襲われる
- 1051年前九年合戦が始まる
- 1053年平等院鳳凰堂が建てられる
- 1068年後三条天皇が即位する
- 1083年後三年合戦が始まる
- 1086年白河上皇が院政を始める
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、禎子内親王の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、禎子内親王がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
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