矢部禅尼
やべぜんに
1187年〜1256年
鎌倉時代生まれ
矢部禅尼(やべぜんに、文治3年〈1187年〉- 建長8年4月10日〈1256年5月6日〉)は、鎌倉時代前期から中期にかけての三浦一族の女性。
基本情報
- 生年
- 1187年
- 没年
- 1256年
- 時代
- 鎌倉時代
- 出典
- 北条泰時の家系図
この人について
矢部禅尼(やべぜんに、文治3年〈1187年〉- 建長8年4月10日〈1256年5月6日〉)は、鎌倉時代前期から中期にかけての三浦一族の女性。鎌倉幕府の有力御家人・三浦義村の娘。3代執権・北条泰時の前妻(正室)で、第4代執権・経時、第5代執権・時頼の祖母にあたる。
この略歴はウィキペディア日本語版「矢部禅尼」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
矢部禅尼を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
安達松下禅尼
娘
北条時氏
長男
1203年〜1230年
佐原光盛
三浦盛時
横須賀時連
佐原盛連
矢部禅尼
1187年〜1256年5月6日
北条泰時
長男
鎌倉幕府第3代執権
1183年〜1242年
三浦義村
100%
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家族
年表:矢部禅尼と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 鎌倉時代 | |
|---|---|
| この人 |
|
| 世の中 |
|
年この人世の中
鎌倉時代
誕生- 奥州藤原氏が滅びる
- 栄西が宋から帰り禅を伝える
- 源頼朝が征夷大将軍になる
- 源頼朝が没する
- 子 北条時氏 誕生北条時政が執権となる
- 新古今和歌集がまとめられる
- 鴨長明が方丈記を書く
- 源実朝が討たれ源氏の将軍が絶える
- 承久の乱が起こる
- 親鸞が教行信証を書き始める
- 道元が宋から帰り曹洞禅を伝える
- 御成敗式目が定められる
- 日蓮が法華の教えを説き始める
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
23人
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