白河天皇

しらかわ てんのう

1053年〜1129年

平安時代生まれ白河

第72代天皇

白河天皇(しらかわてんのう、1053年7月7日〈天喜元年6月19日)〉- 1129年7月24日〈大治4年7月7日〉)は、日本国第72代天皇(在位:1073年1月18日〈延久4年12月8日〉- 1087年1月3日〈応徳3年11月26日〉)。

基本情報

生年
1053年
没年
1129年
時代
平安時代
名字
白河
肩書
第72代天皇
出典
媞子内親王の家系図、藤原茂子の家系図、禎子内親王の家系図、藤原賢子の家系図、堀河天皇の家系図、平清盛の家系図、白河天皇の家系図、日本の歴代為政者

この人について

白河天皇(しらかわてんのう、1053年7月7日〈天喜元年6月19日)〉- 1129年7月24日〈大治4年7月7日〉)は、日本国第72代天皇(在位:1073年1月18日〈延久4年12月8日〉- 1087年1月3日〈応徳3年11月26日〉)。諱は貞仁(さだひと)。

後三条天皇の第一皇子。母は藤原氏閑院流藤原公成の娘で、藤原能信の養女である藤原茂子。同母妹に篤子内親王(堀河天皇中宮)。子の堀河天皇、孫の鳥羽天皇、曾孫の崇徳天皇の3代43年にわたり院政を敷いた。

この略歴はウィキペディア日本語版「白河天皇」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

白河天皇を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

(皇族名)実仁親王聡子内親王平時子平清盛高階基章の娘敦文親王覚行法親王媞子内親王不詳媞子内親王令子内親王篤子内親王苡子藤原苡子堀河天皇仁子女王不詳篤子内親王禛子内親王覚法法親王藤原聖子崇徳天皇兵衛佐局藤原璋子藤原経子藤原賢子白河天皇白河院女房源師子貞仁親王俊子内親王佳子内親王実仁親王輔仁親王不明輔仁親王女二宮藤原有佐貞仁聡子佳子篤子聡子内親王馨子内親王源尊仁尊仁親王藤原茂子後三条天皇源基子
(皇族名)実仁親王
次男
平安時代の皇族
聡子内親王
第一皇女
皇族
1050年〜1131年
平時子
平清盛の継室
1126年〜1185年
平清盛
長男
平氏の棟梁・武将・公卿
1118年〜1181年
高階基章の娘
平清盛の正室
敦文親王
第一皇子
皇族
1075年〜1077年
覚行法親王
第二皇子
仁和寺第3世門跡
1075年4月〜1105年12月26日
媞子内親王
第一皇女
伊勢斎宮、皇后(中宮)
1076年〜1096年
不詳媞子内親王
第1皇女
斎宮、中宮、女院(郁芳門院)
1076年5月10日〜1096年8月27日
令子内親王
第3皇女
賀茂斎院、皇后(尊称皇后)、太皇太后
1078年〜1144年
篤子内親王
第四皇女
皇族、賀茂斎院、堀河天皇中宮
1060年〜1114年
苡子
贈皇太后
藤原苡子
長女
堀河天皇女御(贈皇太后)
1076年〜1103年
堀河天皇
第三皇子
第73代天皇
1079年〜1107年
仁子女王
典侍
〜1126年
不詳篤子内親王
第4皇女
皇族、賀茂斎院、のち中宮
1060年〜1114年10月30日
禛子内親王
第四皇女
斎院
1081年〜1156年
覚法法親王
第四皇子
仁和寺第4世門跡
1092年2月9日〜1153年12月22日
藤原聖子
長女
平安後期の皇后・女院
1122年〜1181年
崇徳天皇
第一皇子
第75代天皇
1119年7月7日〜1164年9月14日
兵衛佐局
宮人
藤原璋子
中宮(待賢門院)
1101年〜1145年
藤原経子
白河天皇典侍
藤原賢子
中宮
1057年〜1084年
白河天皇
第一皇子
第72代天皇
1053年〜1129年
白河院女房
白河院に仕えた女房
〜1120年7月12日
源師子
後宮・藤原忠実室
1070年〜1148年
貞仁親王
第一皇子
第72代天皇
1053年7月7日〜1129年7月24日
俊子内親王
第二皇女
平安時代中期から後期の皇族・伊勢斎宮
1056年〜1132年4月29日
佳子内親王
第三皇女
賀茂斎院
1057年〜1130年
実仁親王
第二皇子
皇族、白河天皇皇太弟
1071年〜1085年
輔仁親王
第三皇子
皇族
1073年〜1119年
不明輔仁親王
第三皇子
平安時代の皇族
1073年2月28日〜1119年12月31日
女二宮
第3皇女
近衛尚嗣正室
1625年〜1651年
藤原有佐
皇子
〜1110年
貞仁
兄
のちの白河天皇
聡子
姉
皇族
佳子
妹
皇族
篤子
妹
皇族
聡子内親王
内親王
馨子内親王
妹
皇族
1029年〜1093年
源尊仁
第二皇子
第71代天皇
1034年9月3日〜1073年6月15日
尊仁親王
皇太子、後三条天皇
藤原茂子
後三条天皇の妃、白河天皇の生母
〜1062年
後三条天皇
同母弟
第69代天皇
1034年9月3日〜1073年6月15日
源基子
皇族の母
〜831年
100%

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人物相関図

白河天皇をめぐる人物を、朝廷・一族・味方・争った相手に分けて並べ、矢印で関わりを示しています。それぞれの帯の中は生まれた年の順です。

後三条天皇

1034〜1073

第71代天皇・父

白河天皇

1053〜1129

第72代天皇・院政を開く

輔仁親王

1073〜1119

後三条天皇の皇子

堀河天皇

1079〜1107

第73代天皇・子

鳥羽天皇

1103〜1156

第74代天皇・孫

藤原師実

1042〜1101

関白

藤原忠実

1078〜1162

関白

源義家

1039〜1106

源氏の武将

源義親

生年不詳〜1108

源義家の次男

平正盛

生年不詳〜1121

伊勢平氏の武将

皇族
藤原氏(摂関家)
武士
100%

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線の見方

  • 血縁・婚姻
  • 同盟・主従
  • 対立・戦い
  • 影響・任官など
  • 矢印は働きかけの向き
相関図を一覧で読む
皇族
人物生没年肩書本人との関わり
後三条天皇1034〜1073第71代天皇・父摂関家を外戚としない天皇として即位し、荘園の整理を進めた。1072年に子の白河天皇へ位を譲った。
  • 1072後三条天皇が位を譲る
白河天皇本人1053〜1129第72代天皇・院政を開く後三条天皇の皇子。1086年に幼い堀河天皇に譲位し、上皇として政治を行う院政を始めた。のち出家して法皇となった。
輔仁親王1073〜1119後三条天皇の皇子白河天皇の異母弟。父の後三条天皇は皇位を継がせる意向だったとされるが即位できず、1113年の永久の変で失脚した。
  • 1086・1113白河天皇が皇位から遠ざける
堀河天皇1079〜1107第73代天皇・子白河天皇の子。1086年に幼くして即位し、父の院政のもとで在位したが、1107年に在位のまま没した。
  • 1086白河天皇が位を譲り院政を始める
鳥羽天皇1103〜1156第74代天皇・孫堀河天皇の子で白河天皇の孫。父の死により幼くして即位した。祖父の没後は上皇として院政を行った。
  • 1107白河天皇が幼い孫を即位させる
藤原氏(摂関家)
人物生没年肩書本人との関わり
藤原師実1042〜1101関白藤原頼通の子。白河天皇の関白・摂政を務め、養女の賢子を白河天皇の中宮とした。
  • 1075白河天皇が関白とする
藤原忠実1078〜1162関白藤原師実の孫。堀河・鳥羽天皇の関白を務めたが、白河法皇の怒りに触れ、1120年に内覧を停止されて失脚した。
  • 1120白河天皇が内覧を止め失脚させる
武士
人物生没年肩書本人との関わり
源義家1039〜1106源氏の武将前九年・後三年の役で戦った源氏の棟梁。後三年の役は朝廷に私戦とされたが、1098年に院への昇殿を許された。
  • 1098白河天皇が院への昇殿を許す
源義親生年不詳〜1108源義家の次男源義家の次男。対馬守のとき九州で乱行して隠岐へ流され、出雲で再び官吏を殺したため、1108年に平正盛に討たれた。
  • 1108平正盛が源義親を出雲で討つ
平正盛生年不詳〜1121伊勢平氏の武将伊勢平氏の武士で北面の武士。所領を白河上皇に寄進して近づき、1108年に源義親を討った。平清盛の祖父。
  • 白河天皇が北面の武士として重用
  • 1108平正盛が源義親を出雲で討つ

この相関図は、広く知られている事実をもとに当サイトが人物と関わりを選んで記したものです。下の家族欄・家系図は、みなさんが公開した家系図の記録です。

肖像は当サイトが用意したイメージイラストです。実際の肖像画・写真ではありません。

家族

年表:白河天皇と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
  • 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
平安時代
1060
1070
1080
1090
1100
1110
1120
1130

本人

  1. 1053年誕生
  2. 1072年12月後三条天皇から譲位され即位する
  3. 1075年子・覚行法親王 誕生
  4. 1075年子・敦文親王 誕生
  5. 1076年子・不詳媞子内親王 誕生
  6. 1076年子・媞子内親王 誕生
  7. 1078年子・令子内親王 誕生
  8. 1079年子・堀河天皇 誕生
  9. 1081年子・禛子内親王 誕生
  10. 1083年後三年の役が起こる
  11. 1086年10月『後拾遺和歌集』を奏覧させる
  12. 1086年11月堀河天皇に譲位し院政を始める
  13. 1092年子・覚法法親王 誕生
  14. 1096年出家して法皇となる
  15. 1113年永久の変で輔仁親王を退ける
  16. 1118年子・平清盛 誕生
  17. 1119年子・崇徳天皇 誕生
  18. 1120年保安の政変で藤原忠実を排斥する
  19. 1129年死去

日本の出来事

  1. 1053年平等院鳳凰堂が建てられる
  2. 1068年後三条天皇が即位する
  3. 1083年後三年合戦が始まる
  4. 1124年中尊寺金色堂が建てられる
年表を一覧で読む
白河天皇と日本の出来事(年の順)
1053年本人:誕生
1053年日本の出来事:平等院鳳凰堂が建てられる
1068年日本の出来事:後三条天皇が即位する
1072年12月本人:後三条天皇から譲位され即位する
1075年本人:子・覚行法親王 誕生
1075年本人:子・敦文親王 誕生
1076年本人:子・不詳媞子内親王 誕生
1076年本人:子・媞子内親王 誕生
1078年本人:子・令子内親王 誕生
1079年本人:子・堀河天皇 誕生
1081年本人:子・禛子内親王 誕生
1083年本人:後三年の役が起こる
1083年日本の出来事:後三年合戦が始まる
1086年10月本人:『後拾遺和歌集』を奏覧させる
1086年11月本人:堀河天皇に譲位し院政を始める
1092年本人:子・覚法法親王 誕生
1096年本人:出家して法皇となる
1113年本人:永久の変で輔仁親王を退ける
1118年本人:子・平清盛 誕生
1119年本人:子・崇徳天皇 誕生
1120年本人:保安の政変で藤原忠実を排斥する
1124年日本の出来事:中尊寺金色堂が建てられる
1129年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、白河天皇の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、白河天皇がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

本人の主な出来事は、広く知られている事実をもとに当サイトが選んで記したものです。誕生・結婚・子・死去は家系図の記録から載せています。

明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。

載っている家系図

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