田沼意壱

たぬま いち

1780年〜1800年

江戸時代生まれ田沼

田沼 意壱(たぬま おきかず)は、江戸時代中期の大名。

基本情報

生年
1780年
没年
1800年
時代
江戸時代
名字
田沼
出典
田沼意信の家系図、田沼意知の家系図

この人について

田沼 意壱(たぬま おきかず)は、江戸時代中期の大名。陸奥国下村藩2代藩主。官位は従五位下・左衛門佐。田沼家3代。田沼意次の孫。

この略歴はウィキペディア日本語版「田沼意壱」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

田沼意壱を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

松平田沼意信田沼意壱稲葉正武正室田沼意明松平康福娘田沼意知松平
養子
養子
養子
松平
田沼意信
四男
陸奥国下村藩3代藩主
1782年〜1803年
田沼意壱
次男
1780年〜1800年
稲葉正武正室
田沼意明
長男
1773年〜1796年
松平康福娘
田沼意知
長男
江戸幕府若年寄、遠江国相良藩世嗣
1749年〜1784年5月20日
松平
100%

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家族

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年表:田沼意壱と、その時代

年表の見方

  • 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
  • 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
江戸時代
1765
1770
1775
1780
1785
1790
1795
1800
1805
1810
1815

本人

  1. 1780年誕生
  2. 1782年子・田沼意信 誕生
  3. 1800年死去

日本の出来事

  1. 1782年天明の飢饉が始まる
  2. 1783年浅間山が噴火する
  3. 1787年松平定信の寛政の改革が始まる
  4. 1792年ラクスマンが根室に来航する
  5. 1798年本居宣長が古事記伝を完成させる
  6. 1800年伊能忠敬が蝦夷地の測量を始める
年表を一覧で読む
田沼意壱と日本の出来事(年の順)
1780年本人:誕生
1782年本人:子・田沼意信 誕生
1782年日本の出来事:天明の飢饉が始まる
1783年日本の出来事:浅間山が噴火する
1787年日本の出来事:松平定信の寛政の改革が始まる
1792年日本の出来事:ラクスマンが根室に来航する
1798年日本の出来事:本居宣長が古事記伝を完成させる
1800年本人:死去
1800年日本の出来事:伊能忠敬が蝦夷地の測量を始める
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、田沼意壱の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、田沼意壱がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

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