珣子内親王

しゅんし ないしんのう

1311年〜1337年

鎌倉時代生まれ珣子

後醍醐天皇の皇后(中宮)

珣子内親王(しゅんしないしんのう/たまこないしんのう)は、後醍醐天皇の皇后(中宮)。

基本情報

生年
1311年3月13日 同じ日の人物 →
没年
1337年
時代
鎌倉時代
名字
珣子
肩書
後醍醐天皇の皇后(中宮)
出典
珣子内親王の家系図、後伏見天皇の家系図

この人について

珣子内親王(しゅんしないしんのう/たまこないしんのう)は、後醍醐天皇の皇后(中宮)。後伏見天皇の第一皇女。母は広義門院(西園寺寧子)。北朝からの女院号は新室町院(しんむろまちいん)。

後伏見上皇の正室との最初の子として愛育され、皇女ながら、持明院統嫡子で同母弟の量仁親王(のちの光厳天皇)に次ぐ待遇を受けた。やがて、元弘の乱(1331年 - 1333年)で、持明院統と対立する皇統の大覚寺統の後醍醐天皇は、鎌倉幕府と北条得宗家に勝利し、元弘3年(1333年)6月に建武の新政を開始。しかし、最愛の正妃である皇太后西園寺禧子が10月に早逝。後醍醐の新たな正妃として、12月に珣子が中宮に立后された。珣子立后と同月に光厳への太上天皇号奉献や、光厳と懽子内親王(後醍醐と禧子の娘)との結婚も行われており、大規模な持明院統懐柔政策だった。また、珣子の母方の実家は、有力公家西園寺家である。

この略歴はウィキペディア日本語版「珣子内親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

珣子内親王を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

尊胤法親王法守法親王幸子内親王珣子内親王後醍醐天皇量仁親王持明院統(諱は量仁)光厳天皇尊実親王景仁親王承胤法親王長助法親王亮性法親王豊仁親王光明天皇豊仁尊道入道親王兼子内親王覚公女王若宮姫宮璜子内親王高階邦子宣光門院廊御方後伏見院対御方西園寺寧子後伏見天皇正親町守子広義門院西園寺寧子治部卿局右京大夫局
尊胤法親王
第一皇子
天台座主
1306年〜1359年
法守法親王
第二皇子
仁和寺禅河院御室
1308年〜1391年
幸子内親王
皇女
珣子内親王
第一皇女
後醍醐天皇の皇后(中宮)
1311年3月13日〜1337年
後醍醐天皇
第96代天皇
1288年11月26日〜1339年9月19日
量仁親王
第三皇子
北朝初代天皇(光厳天皇)
1313年8月1日〜1364年8月5日
持明院統(諱は量仁)光厳天皇
第三皇子
北朝初代天皇
1313年8月1日〜1364年8月5日
尊実親王
第四皇子
後に慈真法親王
1314年〜
景仁親王
第五皇子
1315年〜
承胤法親王
第六皇子
天台座主
1317年〜1377年
長助法親王
第七皇子
英彦山座主
1318年〜1361年
亮性法親王
第八皇子
天台座主
1318年〜1363年
豊仁親王
第九皇子
第96代天皇
1322年1月11日〜1380年7月26日
光明天皇
第九皇子
北朝第2代天皇
1322年1月11日〜1380年7月26日
豊仁
第九皇子
北朝第2代天皇
1322年1月11日〜1380年7月26日
尊道入道親王
第十皇子
天台座主
1332年〜1403年
兼子内親王
第二皇女
覚公女王
第四皇女
若宮
姫宮
璜子内親王
章徳門院
高階邦子
後伏見天皇の宮人
宣光門院廊御方
後伏見天皇の上臈
後伏見院対御方
後伏見天皇の上臈
1297年〜1360年
西園寺寧子
後伏見天皇女御(広義門院)
1292年〜1357年
後伏見天皇
第一皇子
第93代天皇
1288年4月5日〜1336年5月17日
正親町守子
従三位
広義門院西園寺寧子
後伏見天皇の正室
治部卿局
後伏見天皇の宮人
右京大夫局
後伏見天皇の宮人
100%

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家族

年表:珣子内親王と、その時代

年表の見方

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  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
鎌倉時代
室町時代
1300
1305
1310
1315
1320
1325
1330
1335
1340
1345

本人

  1. 1311年3月誕生
  2. 1337年死去

日本の出来事

  1. 1324年正中の変が起こる
  2. 1331年元弘の変が起こる
  3. 1333年鎌倉幕府が滅びる
  4. 1334年建武の新政が始まる
  5. 1336年足利尊氏が建武式目を定める
年表を一覧で読む
珣子内親王と日本の出来事(年の順)
1311年3月本人:誕生
1324年日本の出来事:正中の変が起こる
1331年日本の出来事:元弘の変が起こる
1333年日本の出来事:鎌倉幕府が滅びる
1334年日本の出来事:建武の新政が始まる
1336年日本の出来事:足利尊氏が建武式目を定める
1337年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、珣子内親王の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、珣子内親王がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

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