基本情報
- 没年
- 950年
- 名字
- 煕子
- 出典
- 醍醐天皇の家系図
この人について
煕子女王(きし(ひろこ)じょおう、生年不詳 - 天暦4年5月5日(950年5月24日))は、保明親王(醍醐天皇皇太子)第一王女。母は藤原時平の娘・仁善子。朱雀天皇女御。別名王女御。同母兄に皇太孫慶頼王。
延長元年(923年)、父・保明親王が皇太子のまま21歳で薨御し、その後を追うように同3年(925年)、兄慶頼王も幼くして死没した。相次ぐ後継者の死に、祖父醍醐天皇や周囲は菅原道真の祟りと恐れたという。
この略歴はウィキペディア日本語版「煕子女王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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慶頼王
921年〜925年
昌子内親王
第一皇女
950年〜1000年
煕子女王
〜950年
朱雀天皇
第十四皇子
第61代天皇
923年9月7日〜952年9月6日
藤原仁善子
〜946年
保明親王
第二皇子
皇太子
903年12月16日〜923年
100%
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家族
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15人
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