桂宮盛仁親王

かつらのみや もりひとしんのう

1810年〜1811年

江戸時代生まれ桂宮

皇族

桂宮盛仁親王(かつらのみや たけひとしんのう、文化7年6月27日(1810年7月28日) - 文化8年5月17日(1811年7月7日))は、江戸時代後期の日本の皇族。

基本情報

生年
1810年
没年
1811年
時代
江戸時代
名字
桂宮
肩書
皇族
出典
光格天皇の家系図

この人について

桂宮盛仁親王(かつらのみや たけひとしんのう、文化7年6月27日(1810年7月28日) - 文化8年5月17日(1811年7月7日))は、江戸時代後期の日本の皇族。世襲親王家の桂宮第10代当主。光格天皇の第五皇子。母は東坊城益良の女の菅原和子。幼称は磐宮(いわのみや)。

文化7年(1810年)9月に父の光格天皇の命で京極宮を継承し、桂宮の宮号を賜る。文化8年(1811年)5月16日親王宣下を受け、盛仁と命名されるが、5月17日薨去。1歳。法名は正覚院。

この略歴はウィキペディア日本語版「桂宮盛仁親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

桂宮盛仁親王を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

温仁親王恵仁親王桂宮盛仁親王悦仁親王富小路明子東坊城和子欣子内親王光格天皇勧修寺婧子葉室頼子姉小路聡子
温仁親王
第三皇子
皇族
1800年2月15日〜1800年4月27日
恵仁親王
第四皇子
第120代天皇
1800年3月16日〜1846年2月21日
桂宮盛仁親王
第五皇子
皇族
1810年〜1811年
悦仁親王
第七皇子
皇族
1816年2月25日〜1821年3月14日
富小路明子
右衛門掌侍
〜1828年
東坊城和子
掌侍
1782年〜1811年
欣子内親王
中宮
1779年〜1846年
光格天皇
第119代天皇
1771年9月23日〜1840年12月12日
勧修寺婧子
典侍
1780年〜1843年
葉室頼子
典侍
1773年〜1846年
姉小路聡子
新典侍
1794年〜1888年
100%

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家族

年表:桂宮盛仁親王と、その時代

年表の見方

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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
江戸時代
1790
1795
1800
1805
1810
1815
1820
1825
1830
1835

本人

  1. 1810年誕生
  2. 1811年死去
年表を一覧で読む
桂宮盛仁親王と日本の出来事(年の順)
1810年本人:誕生
1811年本人:死去
  • 本人の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、桂宮盛仁親王の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、桂宮盛仁親王がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

載っている家系図

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