新田義顕

にった よしあき

1318年〜1337年

鎌倉時代生まれ新田

南北朝時代の武将

新田 義顕(にった よしあき)は、南北朝時代の武将。

基本情報

生年
1318年
没年
1337年4月7日 同じ日の人物 →
時代
鎌倉時代
名字
新田
肩書
南北朝時代の武将
出典
新田義顕の家系図、新田義興の家系図、新田義貞の家系図

この人について

新田 義顕(にった よしあき)は、南北朝時代の武将。

新田義貞の長男。生母は諸説がある(安東入道聖秀の女、同族の上野国甘羅令(甘楽郡地頭)の安藤五郎重保(左衛門少尉)の女など)。幼名は小太郎(辰千代の説もある)。

この略歴はウィキペディア日本語版「新田義顕」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

新田義顕を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

新田義顕新田義興新田義宗娘(千葉氏胤室)嶋田義央娘(井上頼国室)新田義央新田不詳新田不詳新田不詳熊谷貞直天野民部橘時宣女新田義貞小田真知女
新田義顕
長男
南北朝時代の武将
1318年〜1337年4月7日
新田義興
次男
南北朝時代の武将
1331年〜1358年
新田義宗
三男
武将
娘(千葉氏胤室)
嶋田義央
娘(井上頼国室)
新田義央
新田不詳
新田不詳
新田不詳
熊谷貞直
天野民部橘時宣女
新田義貞の妻
新田義貞
嫡男
鎌倉時代末期から南北朝時代の御家人・武将
1301年〜1338年8月17日
小田真知女
新田義貞の妻
100%

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家族

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年表:新田義顕と、その時代

年表の見方

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  • 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
日本の出来事
鎌倉時代
室町時代
1305
1310
1315
1320
1325
1330
1335
1340
1345
1350

本人

  1. 1318年誕生
  2. 1337年4月死去

日本の出来事

  1. 1324年正中の変が起こる
  2. 1331年元弘の変が起こる
  3. 1333年鎌倉幕府が滅びる
  4. 1334年建武の新政が始まる
  5. 1336年足利尊氏が建武式目を定める
年表を一覧で読む
新田義顕と日本の出来事(年の順)
1318年本人:誕生
1324年日本の出来事:正中の変が起こる
1331年日本の出来事:元弘の変が起こる
1333年日本の出来事:鎌倉幕府が滅びる
1334年日本の出来事:建武の新政が始まる
1336年日本の出来事:足利尊氏が建武式目を定める
1337年4月本人:死去
  • 本人の出来事
  • 日本の出来事
  • 本人の生涯・活動期間

年表でわかること

この年表では、新田義顕の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、新田義顕がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。

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