基本情報
この人について
新田 義顕(にった よしあき)は、南北朝時代の武将。
新田義貞の長男。生母は諸説がある(安東入道聖秀の女、同族の上野国甘羅令(甘楽郡地頭)の安藤五郎重保(左衛門少尉)の女など)。幼名は小太郎(辰千代の説もある)。
この略歴はウィキペディア日本語版「新田義顕」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
新田義顕を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
新田義顕
長男
南北朝時代の武将
1318年〜1337年4月7日
新田義興
次男
南北朝時代の武将
1331年〜1358年
新田義宗
三男
武将
娘(千葉氏胤室)
嶋田義央
娘(井上頼国室)
新田義央
新田不詳
新田不詳
新田不詳
熊谷貞直
天野民部橘時宣女
新田義貞の妻
新田義貞
嫡男
鎌倉時代末期から南北朝時代の御家人・武将
1301年〜1338年8月17日
小田真知女
新田義貞の妻
100%
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家族
年表:新田義顕と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
本人(新田義顕)
日本の出来事
鎌倉時代
室町時代
1305
1310
1315
1320
1325
1330
1335
1340
1345
1350
本人
- 1318年誕生
- 1337年4月死去
日本の出来事
- 1324年正中の変が起こる
- 1331年元弘の変が起こる
- 1333年鎌倉幕府が滅びる
- 1334年建武の新政が始まる
- 1336年足利尊氏が建武式目を定める
年表を一覧で読む
| 1318年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 1324年 | 日本の出来事:正中の変が起こる |
| 1331年 | 日本の出来事:元弘の変が起こる |
| 1333年 | 日本の出来事:鎌倉幕府が滅びる |
| 1334年 | 日本の出来事:建武の新政が始まる |
| 1336年 | 日本の出来事:足利尊氏が建武式目を定める |
| 1337年4月 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、新田義顕の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、新田義顕がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
載っている家系図
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