基本情報
この人について
安倍 貞任 (あべ の さだとう)は、平安時代中後期の武将。安倍氏の棟梁で、奥六郡を支配する俘囚長・安倍頼時の第2子(次男)。厨川柵主として、安倍厨川次郎貞任とも。
背丈は六尺を越え腰回りは七尺四寸という、容貌魁偉な色白の肥満体であった(『陸奥話記』)。豪勇のかたわら教養にもすぐれ衣川柵の戦いにおいて源義家と和歌の問答をした逸話も残る。
この略歴はウィキペディア日本語版「安倍貞任」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
安倍貞任を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
安倍良宗
長男
安倍千代童子
安倍春童子
安倍高星
金千里
安倍貞任
次男
平安時代中後期の武将・安倍氏の棟梁
1019年〜1062年10月22日
平永衡室
藤原経清室
安倍宗任
安倍正任
安倍家任
安倍重任
安倍則任
安倍行任
金為行の妹
安倍頼時
平安時代中期の武将、陸奥国奥六郡の俘囚長
〜1057年
100%
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家族
年表:安倍貞任と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
表示範囲
本人(安倍貞任)
日本の出来事
平安時代
1020
1025
1030
1035
1040
1045
1050
1055
1060
1065
本人
- 1019年誕生
- 1062年10月死去
日本の出来事
- 1019年刀伊の入寇。北九州が襲われる
- 1051年前九年合戦が始まる
- 1053年平等院鳳凰堂が建てられる
年表を一覧で読む
| 1019年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 1019年 | 日本の出来事:刀伊の入寇。北九州が襲われる |
| 1051年 | 日本の出来事:前九年合戦が始まる |
| 1053年 | 日本の出来事:平等院鳳凰堂が建てられる |
| 1062年10月 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、安倍貞任の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、安倍貞任がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
載っている家系図
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