天智天皇
てんじ てんのう
626年〜672年
第38代天皇
天智天皇(てんじてんのう / てんぢてんのう、推古天皇34年〈626年〉- 天智天皇10年12月3日〈672年1月7日〉)は、日本の第38代天皇(在位:天智天皇7年1月3日〈668年2月20日〉- 天智天皇10年12月3日〈672年1月7日…
基本情報
- 生年
- 626年
- 没年
- 672年
- 時代
- 古代
- 名字
- 天智
- 肩書
- 第38代天皇
- 出典
- 光仁天皇の家系図、斉明天皇の家系図、淳仁天皇の家系図、皇極天皇の家系図、元明天皇の家系図、持統天皇の家系図、天武天皇の家系図、天智天皇の家系図、日本の歴代為政者
この人について
天智天皇(てんじてんのう / てんぢてんのう、推古天皇34年〈626年〉- 天智天皇10年12月3日〈672年1月7日〉)は、日本の第38代天皇(在位:天智天皇7年1月3日〈668年2月20日〉- 天智天皇10年12月3日〈672年1月7日〉、※斉明天皇6年7月24日〈661年8月24日〉より称制)。
幼名は葛城皇子(かずらぎのおうじ)。皇子時代の中大兄皇子(なかのおおえのおうじ / なかのおおえのみこ)の名でも知られる。「大兄」とは、同母兄弟の中の長男に与えられた称号で、「中大兄」は異母兄古人大兄皇子に次ぐ「2番目の大兄」を意味する。
この略歴はウィキペディア日本語版「天智天皇」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
天智天皇を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
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人物相関図
天智天皇をめぐる人物を、朝廷・一族・味方・争った相手に分けて並べ、矢印で関わりを示しています。それぞれの帯の中は生まれた年の順です。
中臣鎌足
614〜669
中大兄皇子の腹心
扶余豊璋
生年不詳
百済の王子
斉明天皇
594〜661
第35・37代天皇
孝徳天皇
596〜654
第36代天皇
天智天皇
626〜672
第38代天皇(中大兄皇子)
大友皇子
648〜672
天智天皇の皇子
蘇我蝦夷
586〜645
蘇我氏の大臣
高宗
628〜683
唐の第3代皇帝
蘇我入鹿
生年不詳〜645
蘇我蝦夷の子
動かして拡大できます。人物を押すと、その人の関わりだけが浮かびます。
線の見方
- 血縁・婚姻
- 同盟・主従
- 対立・戦い
- 影響・任官など
- 矢印は働きかけの向き
相関図を一覧で読む
| 人物 | 生没年 | 肩書 | 本人との関わり |
|---|---|---|---|
| 中臣鎌足 | 614〜669 | 中大兄皇子の腹心中大兄皇子とともに乙巳の変を起こし、改新を支えた。669年、死の直前に大織冠と藤原の姓を授けられ、藤原氏の祖となった。 |
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| 扶余豊璋 | 生年不詳 | 百済の王子百済の王子で倭に滞在していた。百済が唐・新羅に滅ぼされると、復興のため倭の軍とともに帰国したが、果たせなかった。 |
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| 人物 | 生没年 | 肩書 | 本人との関わり |
|---|---|---|---|
| 斉明天皇 | 594〜661 | 第35・37代天皇天智・天武天皇の母。皇極天皇として即位し、乙巳の変の後に譲位。のち斉明天皇として再び即位し、百済救援の途中で没した。 |
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| 孝徳天皇 | 596〜654 | 第36代天皇皇極天皇の弟。乙巳の変の後に即位し、中大兄皇子を皇太子として、難波宮で改新の政治を進めた。 |
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| 天智天皇本人 | 626〜672 | 第38代天皇(中大兄皇子)舒明天皇の皇子で、即位前は中大兄皇子。645年に蘇我入鹿を倒して改新を進め、白村江の敗戦後、近江大津宮で即位した。 | |
| 天武天皇 | 631〜686 | 天智天皇の弟天智天皇の弟の大海人皇子。天智天皇の没後、壬申の乱で大友皇子を破って即位した。 |
|
| 大友皇子 | 648〜672 | 天智天皇の皇子天智天皇の皇子。671年に太政大臣となり、父の没後に近江朝廷を率いたが、壬申の乱で大海人皇子に敗れて自害した。 |
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| 人物 | 生没年 | 肩書 | 本人との関わり |
|---|---|---|---|
| 蘇我蝦夷 | 586〜645 | 蘇我氏の大臣蘇我馬子の子で大臣。子の入鹿とともに権勢をふるったが、645年、乙巳の変で入鹿が討たれた翌日に自害した。 |
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| 高宗 | 628〜683 | 唐の第3代皇帝唐の第3代皇帝。新羅と結んで百済・高句麗を滅ぼした。663年、唐の水軍が白村江の戦いで倭・百済の軍を破った。 |
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| 蘇我入鹿 | 生年不詳〜645 | 蘇我蝦夷の子蘇我蝦夷の子。父とともに権勢をふるったが、645年、飛鳥板蓋宮で中大兄皇子らに討たれた(乙巳の変)。 |
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この相関図は、広く知られている事実をもとに当サイトが人物と関わりを選んで記したものです。下の家族欄・家系図は、みなさんが公開した家系図の記録です。
肖像は当サイトが用意したイメージイラストです。実際の肖像画・写真ではありません。
家族
子
- 持統天皇645年〜703年
- 建皇子651年〜658年
- 阿閇皇女661年〜721年
- 元明天皇661年〜721年
- 阿倍橘娘
- 御名部皇女
- 弘文天皇
- 山辺皇女686年没
- 志貴皇子
- 施基親王
- 新田部皇女
- 水主皇女
- 川島皇子
- 泉皇女
- 大江皇女
- 大田皇女
- 大友皇子
- 明日香皇女
- 鸕野讚良皇女
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年表:天智天皇と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
- 「すべて」「本人」「日本の出来事」のボタンで、見たい段だけに絞り込めます。
- 「表示範囲」で横軸の幅を切り替えられます。範囲をせまくすると、横にスクロールして読めます。
- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 626年誕生
- 645年6月乙巳の変で蘇我氏を滅ぼす
- 645年子・持統天皇 誕生
- 646年改新の詔を発する
- 651年子・建皇子 誕生
- 661年子・阿閇皇女 誕生
- 661年子・元明天皇 誕生
- 661年7月称制を始める
- 663年8月白村江の戦いで大敗する
- 667年3月近江大津宮へ遷都する
- 668年1月即位する
- 670年2月庚午年籍を作る
- 672年死去
日本の出来事
- 630年第一回の遣唐使が送られる
- 668年天智天皇が即位する
- 672年壬申の乱。大海人皇子が勝つ
年表を一覧で読む
| 626年 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 630年 | 日本の出来事:第一回の遣唐使が送られる |
| 645年6月 | 本人:乙巳の変で蘇我氏を滅ぼす |
| 645年 | 本人:子・持統天皇 誕生 |
| 646年 | 本人:改新の詔を発する |
| 651年 | 本人:子・建皇子 誕生 |
| 661年 | 本人:子・阿閇皇女 誕生 |
| 661年 | 本人:子・元明天皇 誕生 |
| 661年7月 | 本人:称制を始める |
| 663年8月 | 本人:白村江の戦いで大敗する |
| 667年3月 | 本人:近江大津宮へ遷都する |
| 668年1月 | 本人:即位する |
| 668年 | 日本の出来事:天智天皇が即位する |
| 670年2月 | 本人:庚午年籍を作る |
| 672年 | 本人:死去 |
| 672年 | 日本の出来事:壬申の乱。大海人皇子が勝つ |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、天智天皇の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、天智天皇がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
本人の主な出来事は、広く知られている事実をもとに当サイトが選んで記したものです。誕生・結婚・子・死去は家系図の記録から載せています。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
載っている家系図
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