
吉田茂
よしだ しげる
1878年(明治11年)〜1967年(昭和42年)
明治生まれ吉田
外交官、第45・48・49・50・51代内閣総理大臣
東京(現在の東京都)に生まれ、貿易商・吉田健三の養子となった外交官出身の政治家です。
肖像は当サイトが用意したイメージイラストです。実際の肖像画・写真ではありません。
基本情報
- 生年
- 1878年(明治11年)
- 没年
- 1967年(昭和42年)
- 時代
- 明治
- 名字
- 吉田
- 肩書
- 外交官、第45・48・49・50・51代内閣総理大臣
- 出典
- 吉田茂の家系図、日本の歴代為政者
この人について
東京(現在の東京都)に生まれ、貿易商・吉田健三の養子となった外交官出身の政治家です。第45・48〜51代の内閣総理大臣を務めました。
戦前は駐英大使などを務め、戦後は5次にわたる内閣を率いました。1951年にサンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約に調印し、占領の終わりと復興・経済重視の路線(のちに「吉田ドクトリン」と呼ばれる)を方向づけています。
この略歴は、広く知られている事実をもとに当サイトが書いたものです。下の家系図・家族は、みなさんが公開した家系図の記録です。
家系図(近い家族)
吉田茂を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かして拡大でき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。
養子
(存命)
(存命)
長男
(存命)
長女
(存命)
吉田正男
次男
東北大学助教授、学習院大学教授
1917年〜2005年6月
(存命)
次女
麻生和子
三女
1915年〜1996年3月15日
(存命)
吉田雪子
長女
〜1941年
吉田茂
五男
外交官、第45・48・49・50・51代内閣総理大臣
1878年〜1967年
(存命)
(存命)
(存命)
瀧子
竹内綱
実業家、政治家
(存命)
吉田健三
横浜の貿易商
100%
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家族
配偶者
兄弟姉妹
- (存命)
- (存命)
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年表:吉田茂と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 明治 | 大正 | 昭和 | |
|---|---|---|---|
| この人 |
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| 世の中 |
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年この人世の中
明治
誕生- 内閣制度が始まる
- 大日本帝国憲法が発布される
- 第一回の帝国議会が開かれる
- 日清戦争が始まる
- 下関条約が結ばれる
- 日英同盟が結ばれる
- 日露戦争が始まる
- ポーツマス条約が結ばれる
- 韓国併合が行われる
大正
第一次世界大戦に参戦する- 子 麻生和子 誕生
- 子 吉田正男 誕生
- 米騒動が全国に広がる
- 関東大震災が起こる
- 普通選挙法が成立する/治安維持法が成立する
昭和
世界恐慌が始まる- 満州事変が起こる
- 五・一五事件が起こる
- 日本が国際連盟の脱退を通告する
- 二・二六事件が起こる
- 日中戦争が始まる
- 没
年表はサイト運営者が主要な出来事を選んで記したものです。
載っている家系図
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