伏見宮貞行親王

ふしみのみや さだもちしんのう

1760年〜1772年

江戸時代生まれ伏見宮

伏見宮第17代当主

伏見宮貞行親王(ふしみのみや さだもちしんのう)は、江戸時代の皇族。

基本情報

生年
1760年
没年
1772年
時代
江戸時代
名字
伏見宮
肩書
伏見宮第17代当主
出典
一条富子の家系図、桃園天皇の家系図

この人について

伏見宮貞行親王(ふしみのみや さだもちしんのう)は、江戸時代の皇族。世襲親王家の伏見宮第17代当主。桃園天皇の第二皇子。母は一条富子。幼称は、二宮。

前年の伏見宮邦忠親王の薨去に伴い、宝暦10年6月、伏見宮を継承した。宝暦13年(1763年)10月親王宣下を蒙る。貞行と命名される。明和9年(1772年)6月17日二品に叙せられるが、同20日薨去。13歳。伏見宮は先代邦忠親王の弟、寛宝入道親王が還俗して継承した。法名、真浄明院。

この略歴はウィキペディア日本語版「伏見宮貞行親王」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →

家系図(近い家族)

伏見宮貞行親王を中心に、公開されている家系図をつなぎ合わせて、父母・兄弟姉妹・配偶者・子を描いています。ほかの家系図と同じように、動かしたり拡大したりでき、人物を押すとその人の詳細とページが開きます。

後桃園天皇伏見宮貞行親王なし欣子内親王一条富子桃園天皇
養子
後桃園天皇
第一皇子
第118代天皇
1758年8月5日〜1779年12月16日
伏見宮貞行親王
第二皇子
伏見宮第17代当主
1760年〜1772年
なし欣子内親王
第一皇女
皇族・光格天皇の皇后(中宮)
1779年3月11日〜1846年8月11日
一条富子
桃園天皇の女御、皇太后、女院
1743年〜1795年
桃園天皇
第115代桜町天皇の第一皇子
第116代天皇
1741年4月14日〜1762年8月31日
100%

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家族

年表:伏見宮貞行親王と、その時代

年表の見方

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  • 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。

この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。

表示範囲
本人
江戸時代
1745
1750
1755
1760
1765
1770
1775
1780
1785
1790

本人

  1. 1760年誕生
  2. 1772年死去
年表を一覧で読む
伏見宮貞行親王と日本の出来事(年の順)
1760年本人:誕生
1772年本人:死去
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年表でわかること

この年表では、伏見宮貞行親王の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、伏見宮貞行親王がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。

載っている家系図

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