中井竹山
なかい ちくざん
1730年〜1804年
江戸時代中期の儒学者、懐徳堂四代目学主
中井 竹山(なかい ちくざん、享保15年5月15日(1730年6月29日) - 享和4年2月5日(1804年3月16日))は江戸時代中期の儒学者である。
基本情報
この人について
中井 竹山(なかい ちくざん、享保15年5月15日(1730年6月29日) - 享和4年2月5日(1804年3月16日))は江戸時代中期の儒学者である。大坂の学問所 懐徳堂の四代目学主として全盛期を支える。中井甃庵の長男。中井履軒は実弟。中井蕉園は子。中井碩果、並河寒泉は孫。中井桐園(履軒の孫)は碩果の養子。中井木菟麻呂は桐園の子。
名を善太、元服後に積善と改名。字は子慶。号は竹山、同関子、渫翁、雪翁など。
この略歴はウィキペディア日本語版「中井竹山」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
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家族
名字の家紋
年表:中井竹山と、その時代
年表の見方
- 上の段は本人の出来事です。帯は誕生から死去までの期間を表します(没年が分からない方は、帯の右端がうすくなります)。
- 下の段は、同じころに日本で起きた主な出来事です。
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- 月まで分かる出来事は、その月の位置に点を打っています。明治5年(1872年)以前の月は和暦(旧暦)の月です。
この人の出来事を、同じころに起きた日本の出来事とあわせて見ることができます。
本人
- 1730年6月誕生
- 1804年3月死去
日本の出来事
- 1732年享保の飢饉が西日本を襲う
- 1774年解体新書が出される
- 1782年天明の飢饉が始まる
- 1783年浅間山が噴火する
- 1787年松平定信の寛政の改革が始まる
- 1792年ラクスマンが根室に来航する
- 1798年本居宣長が古事記伝を完成させる
- 1800年伊能忠敬が蝦夷地の測量を始める
年表を一覧で読む
| 1730年6月 | 本人:誕生 |
|---|---|
| 1732年 | 日本の出来事:享保の飢饉が西日本を襲う |
| 1774年 | 日本の出来事:解体新書が出される |
| 1782年 | 日本の出来事:天明の飢饉が始まる |
| 1783年 | 日本の出来事:浅間山が噴火する |
| 1787年 | 日本の出来事:松平定信の寛政の改革が始まる |
| 1792年 | 日本の出来事:ラクスマンが根室に来航する |
| 1798年 | 日本の出来事:本居宣長が古事記伝を完成させる |
| 1800年 | 日本の出来事:伊能忠敬が蝦夷地の測量を始める |
| 1804年3月 | 本人:死去 |
- 本人の出来事
- 日本の出来事
- 本人の生涯・活動期間
年表でわかること
この年表では、中井竹山の生涯の主な出来事と、同じ時代に起きた日本の出来事を横並びで見ることができます。それぞれの出来事の時期を比べることで、中井竹山がどのような時代背景の中で生きていたのかが、より分かりやすくなります。
日本の出来事は、当サイトが主要なものを選んで記したものです。
明治5年(1872年)以前の月は、和暦(旧暦)の月です。
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