上杉清子
うえすぎ きよこ
1270年〜1343年
鎌倉時代生まれ上杉
足利貞氏の側室
上杉 清子(うえすぎ きよこ、文永7年(1270年)? - 康永元年12月23日(1343年1月20日))は、鎌倉時代後期から室町時代初期の女性。
基本情報
- 生年
- 1270年
- 没年
- 1343年
- 時代
- 鎌倉時代
- 名字
- 上杉
- 肩書
- 足利貞氏の側室
- 出典
- 足利尊氏の家系図
この人について
上杉 清子(うえすぎ きよこ、文永7年(1270年)? - 康永元年12月23日(1343年1月20日))は、鎌倉時代後期から室町時代初期の女性。本姓は藤原氏。勧修寺流の一流である上杉氏の出身で、父は上杉頼重。足利貞氏の側室。足利尊氏、直義兄弟の母。
上杉重顕(扇谷上杉氏遠祖)、上杉憲房、日静は兄弟姉妹。上杉憲顕(山内上杉氏祖)、憲藤(犬懸上杉氏祖)兄弟と上杉重能(宅間上杉氏祖)は甥で、山名時氏は従兄弟に当たる。
この略歴はウィキペディア日本語版「上杉清子」(CC BY-SA 4.0)からの引用です。 元の記事を読む →
家系図(近い家族)
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赤橋登子
足利尊氏の正室
1306年〜1365年5月25日
足利尊氏
次男
室町幕府初代征夷大将軍
1305年〜1358年
加古基氏の娘
足利尊氏の側室
足利直義
三男
鎌倉幕府御家人・室町幕府創設期の指導者
上杉清子
足利貞氏の側室
1270年〜1343年1月20日
足利貞氏
嫡男
鎌倉幕府御家人・足利宗家7代当主
1273年〜1331年10月7日
100%
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家族
年表:上杉清子と、その時代
この人の出来事と、同じころに世の中で起きたことを並べています。
| 鎌倉時代 | 室町時代 | |
|---|---|---|
| この人 |
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| 世の中 |
|
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年この人世の中
鎌倉時代
誕生- 文永の役。元軍が九州に攻め寄せる
- 弘安の役。元軍が再び攻め寄せる
- 霜月騒動が起こる
- 永仁の徳政令が出される
- 子 足利尊氏 誕生
- 正中の変が起こる
- 元弘の変が起こる
- 鎌倉幕府が滅びる
- 建武の新政が始まる
室町時代
足利尊氏が建武式目を定める- 足利尊氏が征夷大将軍になる
- 没
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載っている家系図
19人
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