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全国10665位約670人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
龍神(りゅうじん)は紀伊国日高郡山城庄の豪族で、滝村より上を領した。続風土記に「土井村万業山城跡は村の南にあり、龍神山城守が南部川谷を領し、この地に居城を築いた跡である」と記されている。また「島瀬村の旧家六十人は地士龍神幸右衛門。家系に云う、源三位頼政の息子頼氏は頼政が生害された後、京都を逃れ、当国日高郡龍神谷に隠れてきた。その地を領して龍神を氏とした。その子孫は南部川谷を領して土井村に城を築いて本拠とした。
龍神リユウジン紀伊國日高郡山城莊の豪族にして、瀧村より上を領す。續風土記に「土井村萬業山城跡は村の南にあり。龍神山城守·南部川谷を領し、此の地に居城を築きし跡なり」と。又「島瀨村舊家六十人地士龍神幸右衞門。家系に云ふ、源三位頼政の男頼氏·賴政生害の後、京都を落ち、當國日高郡龍神谷に遁れ來り、其の地を領す。因りて龍神を以つて氏とす。其の裔·南部川谷を領して、土井村に城を築き居城す。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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