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全国10015位約746人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
玉○という名である。上田では與戶太夫の代々、若太夫・若右衛門と言う。つまり與戶という所に本家があると見える。27備中の上田氏は天正年間に上田孫次郎実親がいた。下道郡鬼之身城に拠り、三村元親の配下の将であり、毛利の軍を防ぎ激戦して死んだ(『府志』)。実親は三村家親の弟である。28長門の橘姓上田氏は大津郡深川に上田という旧家がある。代々飯山八幡の祠官であり、その系図に拠れば上田県主の後裔であり、後に橘姓になると見える。
玉ロル名也と云ふ。上田與戶太夫代々、若太夫若右衞門と云ふ。則ち與戶と云ふ所に本家在」と見ゆ。27備中の上田氏天正年中上田孫次郞實親あり、下道郡鬼之身城に據り、三村元親の配下の將にして毛利の軍を防ぎ力戰して死す(府志)。實親は三村家親の舍弟なり。28長門の橋姓上田氏大津郡深川に上田と云ふ舊家あり、代々飯山八幡の祠官にして、其系圖に據れば上田縣主の後裔にて、後橘姓になると見ゆ。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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