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全国10339位約706人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
海崎(うみさき)は讃岐国の豪族である。同じく讃史の鶴足郡長尾村長尾城条に「海崎元高がこれを築いた。元高は三桑橋をもって記号とする。宿禰公忠の子である。三野郡筥の御崎に居たことによって海崎氏に改めた。貞治元年、高屋役に功があり、そのため栗隈、岡田、長尾、炭所の四村に領地を受け、長尾に城を構えて居る。応安元年正月二十七日に大隅守に任ぜられ、そのため長尾大隅守と称した。元高に八男八女があり、嫡男の次郎左衛門虎跡が父の後を継ぎ、次男は炭所に城を構えて居る。
海崎ウミサキ讃岐國の豪族にして、仝讃史鶴足郡長尾村長尾城條に「海崎元高·之を築く、元高·三桑橋を以つて記號と爲す。宿禰公忠之の斎也。三野郡筥御崎に居〓)因りて海崎氏に改む。貞治元年、高屋役に功あり、乃ち封を栗隈、岡田、長尾、炭所四村に受け、長尾に城きて居る。應安元年正月廿七日大隅守に任ぜらる、因りて長尾大隅守と稱す。元高に八男八女あり、嫡男次郎左衞門虎跡·父の迹を權ぎ、次男炭所に城いて居る。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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