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全国10577位約678人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
「構えて置き給る」と見える。同書巻十八に有井庄司があり、信濃にも〇。親王その後この地を逃れ、肥前国彼杵に兵を挙げ給う。有井氏も義軍に加わったか。その後佐伯小三郎経員の暦応三年正月二十八日の軍忠状に、有井文三郎見える、官軍にて花円宮(満良親王)の配下である。南路志に伊尾木の古名は有井である。佐伯杏仙暦廳三年の文書に有井又三郎とあるは当村の城主であろう。有井豊高は現今有井川に祀られ、有井神社と言う。
構ヘテ置奉ル」と見ゆ。同書卷十八に有井庄司あ信濃にもリ。親王その後此の地を逃れ、肥前國彼杵に兵を擧げ給ふ、有井氏も義軍に加はりしか。其の後佐伯小三郞經員の曆應三年正月廿八日の軍忠狀に、有井文三郞見ゆ、官軍にて花圓宮(滿良親王)の配下たリ。南路志に伊尾木の古名は有井なり、佐伯杏仙曆廳三年の文書に有井又三郞とあるは當村の城主なるべしと、有井豊高は現今有井川に祀り、有井神社と云ふ。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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