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全国10577位約678人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
弟子丸(でしまる)は大隅国始良郡弟子丸村から起こった。建部氏の一族であり、建久図田帳に『曽野郡第子丸村五町、田所建部宗房の所知』とある後のことである。地理纂考、○水郷弟子丸村条に『智尾神社。建部宗房の創建である。建久八年、大隅国図田帳に「弟子丸云々、建部宗房所知」とあり。この他「建部近信、建部○俊、建部高○、建部○重知行」と見え、台明寺文書に「権大予建部」とあるも、宗房と同族であろう。
弟子丸デシマル大隅國始良郡弟子丸村より起る。建部氏の族にして、建久圖田帳に「曾野郡第子丸村五町、田所建部宗房の所知」とある後也。地理纂考、〓水郷弟子丸村條に『智尾神社。建部宗房の創建なり。建久八年、大隅国圖田帳に「弟子丸云々、建部宗房所知」とあり。此の外「建部近信、建部〓俊、建部高〓、建部〓重知行」と見台明寺文書に「權大豫建部」とあるも、宗房と同族なるべし。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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