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全国10313位約710人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
富坂(とみさか)は山城に富坂庄がある。また武蔵にもこの地名が存在する。藤原南家工藤氏族で美作国勝北郡梶並庄の名族であり、伊勢長野氏の族だという。富坂右京進忠保に至り、三星山城主後藤勝基に仕える。天正七年五月二日戦死し、その子左京亮氏保は菅家の女婿となり、また武○
富坂トミサカ山城に富坂莊あり。又武藏にも此の地名存す1藤原南家工藤氏族美作國勝北郡梶並庄の名族にして、伊勢長野氏の族なりと云ふ。富坂右京進忠保に至り、三星山城主後藤勝基に仕ふ。天正七年五月二日戰死し、其の子左京亮氏保·菅家の女婿と又武
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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