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全国10339位約706人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
塩坂(しおさか)・塩崎(しおざき)は信義、常陸、磐城などに存在する地名で、また紀伊に湖崎荘がある。塩崎と通じて用いられる。便宜上、潮崎、汐崎も併せて本条で述べる。1桓武平氏で、紀伊国半婁郡潮埼荘から起こった。『続風土記』に「中世には那智山の管内となり、潮崎氏が領したことから湖埼荘の名が起こった。潮崎氏は平相公〇盛の第〇池大納言頼盛卿の孫河内守保業の子保定の裔である。承久三年、紀州に流された。そのため此の地に住んだ。」とある。
鹽坂シホサカ鹽崎シホザキ信義、常陸、磐城等に此の地名存す又紀伊に湖崎庄あり。鹽崎と通じ用ひらる。今便宜上、潮崎、汐崎をも併せて、本條に云ふべし。1桓武平氏紀伊國半婁郡潮埼莊より起る。續風土記に「中世那智山の管內となリ。潮崎氏領せしより湖埼莊の名起れり。潮崎氏は平相公〓盛の第·池大納言賴盛卿の孫河內守保業の子保定の裔なり。承久三年、紀州に流さる。因りて此の地に住す。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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