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全国10740位約662人
上位100位は明治安田生命「全国同姓調査」(2018年・契約者約655万人)の占率、101位以下は全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)の割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
二岡(ふたおか)・二方(ふたかた)。但馬国に二方郡がある。和名抄に布太加太と注記し、郡内に二方○を収め、布多加多と読む。二方国造は出雲臣の一族で、国造本紀に「二方国造。志賀高穴穂(成務)朝のころ、出雲国造と同じ祖である遷狛一奴命の孫美尼布命を国造に定めたもうた」と見える。思うに、二方国とは後の但馬国二方郡九○の地であるべき。七美郡もその域内という人があるが、それは美含郡の分地で、この国は但馬の北部の一小地域に過ぎなかったようである。
二岡フタヲカ二方フタカタ但馬國に二方郡あり、和名抄に布太加太と註し、郡内に二方〓を收め、布多加多と訓ず。1二方國造出雲臣の族にして、國造本紀に「二方國造。志賀高穴穗(成務)朝の如何、出雲國造と同祖、遷狛一奴命の孫美尼布命を國造に定め賜ふ」と見ゆ。思ふに二方國とは、後の但馬國二方郡九〓の地なるべし。七美郡も其の域内と云ふ人あるも、そは美含郡の分地にして、此の國は但馬四北の一小地域に過ぎざりしが如し。
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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