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全国10249位約718人
全国の電話帳登録件数(城岡啓二・村山忠重「日本の姓の人口順のデータ」)に占める割合を、総務省統計局「人口推計」の総人口にあてはめた推計値です。実際の戸籍上の人数とは異なります。
由来は本によって説が分かれます。このサイトは解説を書かず、姓氏研究の定番『姓氏家系大辞典』(著作権の保護期間満了)の項をそのまま引きます。
ゆかりの地
引用した『姓氏家系大辞典』の本文に出てくる地名を、現在の都道府県に読み替えたものです。いま全国のどこに多いかを示すものではありません。
中郡(なかごおり)は遠江・甲斐・相模・常陸・若狭・越中などに存在する地名である。中・中宮などの条を参照のこと。常陸の中郡氏は一には中宮氏に作られる。新治郡(郡珂郡)の中郡庄から起こった。この地は『東鑑』文治四年の条に「蓮華王院領・常陸国中郡庄」、弘安二年の作田勘文に「中郡庄三百八十二町六段」、嘉元の田文に「中郡庄二百八十三町一段小」、鹿島大宮司寛元元年の文書に「中郡庄磯部○」、享徳四年筑波潤朝の申状に「常州中郡庄木所城」、『拾葉抄』に中郡庄
中郡ナカゴホリチユウグン遠江、甲斐、相摸、常陸、若狭、越中等に此の地名存す。中、中宮等條參照。1常陸の中郡氏一に中宮氏に作る。新治郡(郡珂郡)中郡庄より起る。この地は東鑑文治四年條に「蓮華王院領·常陸國中郡莊」弘安二年作田勘文に「中郡莊三百八十二町六段」、嘉元の田文に「中郡莊二百八十三町一段小」、鹿島大宮司寛元元年文書に「中郡莊磯部〓」、享德四年筑波潤朝の申狀に「常州中郡莊木所城」、拾葉抄に中郡莊
原文は文語体のため、AIで現代語に訳したものを載せています(内容は足していません)。原文は機械で読み取った文字で、誤字や判読できない字(〓→○)が混じります。正確なところは原典のページでお確かめください。
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